stage06「ギルドステーション・ネネ」
空の彼方の、そのまた彼方。
人々の住む大地を見下ろす、「宇宙」と呼ばれる真空と暗黒の空間。
丁度、月のある位置とほぼ同じ方角に、地上………「テラ」と月の間に浮く形で、それはあった。
三つの輪の形をした居住区画と、その支柱の役割を兼ねる細長く伸びるタワー。
その輪の先、ドーム状になった発電システムの周りには、太陽の方角を向くように円形に配置された、魔力発電用の青白いパネル。
また、支柱の両サイドにも大きなサイズの発電パネルが、左右に伸びていた。
光属性の魔力の源である恒星・太陽。
この世界に満ちる魔力の元を生み出し地上に降らせる衛星・月。
そこから放たれる魔力をパネルで吸収し、設備に使う電力を発電する。
勇者によって持ち込まれたという「ひまわり」という花があるが、それを機械的にしたような物が、宇宙空間に浮いている。
お気づきの者も多いかもしれないが、これは我々の言葉で言う所の「人工衛星」。
それも、我々のイメージする物より遥かに巨大な。
名を「ギルドステーション・ネネ」。
あらゆる冒険者を管理し、仕事を提供する等支援する組織「冒険者ギルド」の本部。
また、七大貴族とも繋がりがあり、たとえばナギのギガマキナ・ジャンゴは、このネネで保管・整備が行われている。
宇宙にある理由としては、仕事のターゲットである犯罪者や反政府勢力等に狙われないようにする為となっている。
だが実際は、魔王との戦争の時代に衛星兵器として作られた物を、買収してギルドの拠点として使っているだけだったりする。
………これは噂だが、衛星兵器としての機能はまだ残されているとかなんとか。
………………
ギルドステーション・ネネ、中央ターミナル。
同じ冒険者と思われる人々が行き交う中、白い光に包まれてナギが転送されてきた。
「ふう、ついたついた」
見れば、ターミナルの窓から外が見える。
そこには、漆黒の宇宙に浮かぶ、テラの青い姿。
「本当に私、宇宙に居るんだなぁ………」
窓から見えるその風景に、改めてナギは、自分が宇宙に来ているのだと感じる。
ここには何度も出入りしているが、やはりこの眺めは壮観である。
しかし、いつまでも宇宙の壮大さを感じている訳にはいかない。
そもそもナギがここに来た目的は、宇宙旅行ではないからだ。
ターミナルの中央のカウンターを見つけ、ナギはそこへ向かう。
「すいません」
「ナギ様ですね、何かご用でしょうか?」
七大貴族の後継者なだけはあり、ナギの顔は広い。
冒険者としてもよく利用している事もあり、カウンターの受付嬢にも名前は知られている。
「えっと、ギルドマスターに会いたいのですが………」
受付嬢と話をしているナギは、背後から近づいてくる人影に気付かなかった。
受付嬢も、「彼女」が背後で「シーッ」とした為、口を出せなかった。
何故なら「彼女」こそ、このギルドステーション・ネネの支配者だからだ。
「………わっ!?」
突如、上から何かが被さり、ナギの視界が塞がれる。
突然視界を奪われた事に驚くナギだった。
が。
「………だーれだっ!」
自分の視界を覆っているのが人間の手である事。
そして聞きなれた声を聞いた事で、ナギに呆れと安心の感情が現れた。
「………メリナさん」
「あったりー!うふふふっ!」
手が離され、ナギが呆れと安心の入った笑みを浮かべながら振り向くと、満面の笑みで笑っている、一人の女が居た。
青い瞳の輝くぱっちりとした目に、愛らしい丸眼鏡。
四本のロールとなった長いブロンドの髪。
貧相………もといスレンダーなナギとは対照的な、男の視線を釘付けにする豊満な乳房と尻肉。
それを包む、ベージュを基調とした、レトロな雰囲気のフリフリした………昔流行った「スチームパンクファッション」のドレスと、頭の上にちょこんと乗った、帽子のような髪飾り。
一見すると、何処かの国のお姫様か、いい所のお嬢様に見える彼女。
だが、侮る事なかれ。
これでもナギより年上の息子がいて、ナギよりずっと歳を取っ手いる。
彼女の名は「メリナ・トゥホーク」。
このギルドステーション・ネネの支配人にして、冒険者ギルドの代表者たる、ギルドマスターでもある。
また、彼女も昔は凄腕の冒険者として活躍しており、戦闘に関しては銃の扱いに長けていた事から「ガンマスター・メリナ」の異名で呼ばれていた。
先代のギルドマスターである夫とはこの時知り合い、大冒険と大恋愛の末に結婚し、引退。
そして生まれた息子は、両親の遺伝か、やはり今は冒険者として活躍している。
夫の死後、ギルドマスターの座を受け継いだ。
今は女手一つで、冒険者ギルドとこのギルドステーション・ネネを回している。
また、ガンマスターとしての経験から、七大貴族の後継者達の戦闘教官もやっており、ナギも彼女の教え子の一人なのだ。
「それで、用があって来たのよね?レアな仕事?アイテム?何でも言って!全部このメリナお母さんにまっかせなさいっ!」
どんっ、とただでさえ大きな胸を張って言ってみせるメリナ。
彼女にとって、教え子達は我が子も同然なのだ。
「お気遣いは嬉しいですけど、今日はそのどちらでも無いんです」
「ほぇ?じゃあ何?」
「………今私がしてる仕事について、進展と、調べて欲しい事がありまして」
ナギがそう言った途端、メリナの表情が変わった。
ギルドのお母さんから、プロの、ギルドマスターの顔に。
「………ここでは話せないわ、ついてきて」
「はい」
メリナに連れられ、ナギはエレベーターに向かう。
いつになく真剣なメリナを見て、ナギはメリナもこんな顔をするのかと、意外に思った。
そして同時に、それだけ重大な仕事を自分がしているのだと、改めて自覚した。
………………
ギルドステーション・ネネ、オフィス。
応接用のソファと机と、仕事用の机が置かれたここは、ギルドマスターであるメリナが普段仕事をし、また重要な話をする為に使う部屋だ。
仕事机の上には、これまで彼女が育ててきた「弟子達」の写真が立ててある。
その中には、ナギの写真もあった。
「それで、調査の結果は?」
「結論から言うと「クロ」です」
「やっぱり………」
ナギが携帯の画面越しに見せたのは、戦士の館の地下にあった、あの長方体。
その、表面に刻まれたウロボロスを見て、メリナは顔を強張らせた。
「やっぱり………「教団」の仕業なのね」
教団………正式名称「バランシア」。
彼等が人々の間に名を知られる理由となったのは、今から7年前の出来事である。
この最近、本国の方で多発していたテロ活動と、本来本国には現れないハズのモンスターの出現。
その裏に政府の高官による根回しと、テロ組織への資金援助がある事が発覚し、その高官は政府によって逮捕・拘束された。
だが、その高官がテロ組織から裏金を貰っていたような形跡もなく、テロ組織への支援やモンスター発生を促すという行為も、高官にとって何の利益も生んでいなかった事が明らかになった。
つまり、この高官はほぼ慈善事業のような状態で、悪事を行っていた事が明らかになる。
何故、そんな奇行同然の行為に走ったのか。
取り調べに対してもまったく口を割らなかったが、調査を進める中で、ある存在が浮かび上がってきた。
それが、バランシアである。
彼等は、魔王やその同族が崇めていたという、「邪神」なる存在を崇めるカルト教団。
高官の自宅の地下にあった、ウロボロスの刻まれた祭壇。
かつて魔王軍で使われたという、邪神を崇拝するその祭壇により、その存在が明らかになった。
そしてバランシアの存在が明るみに出たと同時に、高官は隠し持っていた毒薬を使い、自殺した。
自信の崇拝する教団の尻尾を掴ませてしまった事への、けじめのつもりだったのだろう。
だが高官は、死ぬ直前に呪詛とも言えるメッセージを残していた。
"今更、バランシアを突き止めた所でもう遅い"
"既に、準備は整っている"
"西の大地より、もうすぐ「ミドガルズオルム」が目覚める"
"お前達は遅すぎたのだ"
"我々バランシアの勝利だ"
その後も、バランシア信者やそれに便乗した者達の手により、テロは続いた。
その間、バランシアについて、殆んど情報は手に入らなかった。
解った事といえば、教団の教祖が「カミーラ」と呼ばれる女性である事ぐらい。
そして2年後………ナギがアークガルドを訪れる5年前、アークガルドに突如として謎の暗雲が現れ、覆い尽くされてしまった。
人工衛星からの写真による調査は、勿論不可能。
飛行機等の航空手段で侵入しようとすれば、突如の強風と、強力な落雷により破壊されてしまう。
おまけに、その暗雲はこの場所に留まったまま、動く事も消える事もない。
誰の目に見ても、その暗雲が自然に発生した物ではない事は明らかだった。
おまけにアークガルドは、高官が残した呪詛と同じ、西にある大地。
あの高官が言っていた事と、ほとんど同じ事が起きていた。
その「ミドガルズオルム」と呼ばれる存在については、過去の文献にも載っておらず、その正体も目覚めているかも解らない。
だが、それは人々に不安を募らせ、バランシアの信者を増やし、テロを激化させるには十分な出来事だった。
世論に、終末論めいた不安な空気が広がって、ようやく本国は危機感を募らせた。
だが、テロの激化と治安の悪化により、バランシアが待ち受けているであろうアークガルドの調査の為に割ける戦力は、既にない。
そこで、科学の発展により剣と魔法の忘れ去られた社会においても、かつての古き時代と変わらない高い戦闘力を持った七大貴族。
その中でも随一の力を持ったバーミリオン家、その若き継承者であるナギに、白羽の矢が立った。
こうしてナギは一人、バランシアの調査と討伐、そしてミドガルズオルムなる存在の復活阻止の為、アークガルドの地に降り立った。
………それは、彼女自身の血筋の大本である勇者が、魔王を倒すべく旅立った姿を彷彿とさせた。
故に案の定、本国のプロバカンダとして使われたのは、言う間でもない。
「あと、こんな物も見つけました」
「あら?」
ナギが、ポーチから取り出した二つの瓶を、机に置いた。
一つは、ドルクスの残骸の一部。
一つは、そのドルクスのコックピットにあった謎の砂。
「連中が持ってたメガマキナの破片と、コックピットの中にあったよく解らない砂です」
「メガマキナ!?そんなバランシアはそんな物まで………」
バランシアがメガマキナを保有していた事に、メリナは驚く。
強大な勢力である事は知っていたが、まさかメガマキナを持つ程の勢力だったとは、思ってもいなかったようだ。
「でも、ただのメガマキナじゃないみたいなんです」
「ただのメガマキナじゃない?」
「はい、それが………」
ナギは、その破片の主たるドルクスについて話した。
本来、そのコックピットにいるべきパイロットの代わりに、謎の砂があった事。
そして、ドルクスを倒した直後、ミゲイルの村の上空を覆っていた暗雲が晴れた事。
「なるほど、そんな事が、ね………」
その両方共、バランシアの謎を解明するに至って、重要な物になる事は、メリナにも解った。
砂の件は、自然に発生する現象ではないし、ミゲイル上空………アークガルドを覆う暗雲の一部が晴れた事も。
「とりあえず、これはウチの科学班で調査して貰うわ」
メリナは、二つの瓶を持つと………。
むにゅん………すぽんっ
自身の服の襟を開き、二つの瓶を自分の乳房の谷間へと押し込んだ。
真剣な話の最中に突如として挟まれたシュールな光景に、ナギは目が点になる。
「………やっぱ、そのスタイルなんですね」
「ある物は使わなきゃね、それに両手が塞がらなくて便利なのよ、これ」
と、いうのも、メリナの元で修行している最中も、よくこうして物を胸の谷間に忍ばせている風景を、ナギは度々見ていた。
よく修行の後に、彼女が谷間から取り出した、ぬるい缶ジュースを貰った事を覚えている。
「………貧乳の私には解らない便利さですよ」
対する、挟む所か揺れもしない、修行時代から変わらない僅かな膨らみしか無い自分の胸と比べて、ナギは自虐気味に呟くのであった。