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main_8_再会

「同類だと?」

 薄暗い路地裏で悠月は自身のことを〝同類〟と説明する青年と対峙していた。

 確かに先の戦闘は初めてにしては手馴れすぎていた。

 怪物を前に動じなかった精神力といい、瞬時に複数個体を撃破した実力は悠月と同等。

いや、それ以上の力を有していると考えて間違いないだろう。

 だが悠月の『同類』を名乗るにしては彼の見た目にそれらしい共通点は見当たらない。

 短く切りそろえられた髪と細身の等身に似合う眼鏡。

 背中までを覆う長いライダースジャケットは魔法使いのローブを彷彿とさせるが、イメ

ージに反して彼が手にしている得物はコンバットナイフだ。

 悠月のように一目で異質と判断できる特徴はなく、かといってアルメリアのようにシル

エットが独特というわけでもない。

 せめて杖でも持っていれば即〝魔法使い〟と判断することもできたのだが、今の悠月に

はそんな余裕は欠片も残されてはいない。

 突如として現れた謎の同類を訝しむように睨みつけて警戒心を強めるだけだった。

「そんな話を僕が信じるとでも?」

 悠月は再度短刀を構えて相手の出方を窺うように問いかけた。

「別に無理に信用してもらう必要はない。受け入れがたい真実というものもあるからな。

ただこちらにも事情がある。これ以上、下手なことをするな鷲宮悠月。俺の雇い主がお前

を連れて来いと命じている。一緒に来てもらおうか」

「断る、と言ったら?」

「お前に拒否権はない。仮に逃走を図るなら無理矢理にでも連れて来いとの命令だ」

「く……っ!」

 こうなればやるしかない。

 悠月とて果たさなければならない誓いがあるのだ。

 相手が誰であれ、この窮地を脱して必ずや彼女と再会する。

 もはや強情とも言える信念に固執するが余り、悠月には相手の言葉を熟思するという観

念は持ち合わせていなかった。

 ――衝突は避けられなかった。

「交渉決裂だな。まぁ、こうなることは予想済みだったが」

 男がナイフを構えた。

「いくぞ。気を緩めるなよっ!!」

 深く沈み込んでから勢いに乗って男が向かってくる。

 一歩、二歩、三歩。走り寄る両者。

 瞬く間に刃はどちらかの身体を刺し貫くことだろう。

 相手の思惑がどうかは知らないが、悠月が狙っていた逃走だった。

 構えはしたがその刃に殺意は籠められていない。

 あくまで牽制の為の構え。

 刃を交えるつもりでいる相手に対して、こちらが身を引けば体勢を崩せる。

 決して相手を見下してのことではなくこの場を去る為の悠月なりの作戦であった。

 男が放っている殺意は本物だ。

 注意を逸らせば確実に致命傷を負うことになるだろう。

 しかし、悠月には持て余すほどの魔眼と鍛え抜かれた身体能力がある。

 回避だけに専念するならば悠月にも相応の自信があったのだ。

 問題はその思惑が正しく現実に引き起こされればの話。

「右に飛べ、鷲宮!!」

「なにッ!?」

 だが、その予想は大きく的を外すことになる。

 男は悠月に対して助言をすると解り易く得物を後ろに振り被った。

 単純なビッグモーションは避けろと言わんばかりである。

 誘い込む為の罠かとも一時は思ったが、悠月には端から交戦の意志はない。

 このまま衝突をすればどちらにせよ直撃は免れない。

 結果、申し合わせたように両者は己が思惑通りに事を成した。

 悠月は右前方へと飛び込むように回避行動を。

 男は振りかぶった左手で悠月が消え去った虚空に向かってナイフを投擲。

 続けざまに右手の袖口から艶が消えた黒剣を取り出すと全体重を乗せて闇へと穿った。

 一体なにが起きたというのか。

 受身を取った悠月は急いで後方を振り返る。

 そこには先ほどまで何もなかったはずの空間から湧き出た黒衣の怪物がいた。

「な……!?」

 有り得ない光景に悠月は自分の目を疑った。

 一度ならず二度までも。

 今回は注意を払っていたにも関わらず、敵は悠月の背後に忍び寄っていたのだ。

 気配など微塵も感じなかった。

 あの怪物が立っているのは通路の行き止まりである。

 正面を向いていた悠月の魔眼を掻い潜るにはどう考えても無理があった。

 いよいよもって理解に苦しむ悠月を尻目に男は何事もなかったように淡々と言う。

「間一髪だったな」

 男がトドメとばかりに黒剣を突き立てると怪物は音もなく朽ち果てた。

 先に投擲したナイフが地に落ちるよりも早く男はソレを拾い上げるとジャケットの中に

仕舞い込んだ。

「休んでいる場合じゃないぞ。すぐに追っ手が来る。行くぞ、一人で立てるな」

「行くってどこに?」

「説明している時間はない。安心しろ、俺はお前の味方だ。危害を加えるつもりはない」

 男はそれだけ伝えると着いて来いと言わんばかりに走り出した。

 果たしてこの男をどこまで信用していいものか。

 疑念は尽きないがこの男には自分の窮地を救ってくれた恩もある。

 事態は急を要する。

 まずはこの場を切り抜けて身の安全を確保する。

 気になる点は山ほどあるがそれは落ち着いてから探りを入れるのも悪くはないだろう。

 悠月は立ち上がると僅か張りに尾を引く袋小路を一瞥してから男の背中を追った。


 光がうっすらとしか届かない路地裏を二人は疾風の如く駆けていく。

 向かう先は大通りに面した出入り口だ。

 そこまで至るには三、四回ほど曲がり角を抜ければすぐである。

 一つ、また一つと角を曲がって目的地に近づく二人に今のところ怪しい影はない。

 時間にして一分にも満たない距離を走り抜けて最後の直線に差し掛かったその瞬間。先

行していた男の脚が突然ピタッと止まった。

「――待てッ!!」

 手で制止されてはこちらも前には進めない。

 悠月も男に合わせるように足を止めた。

「どうしたんですか、突然」

「黙っていろ。奴らの気配がする」

 男は人差し指を口元にあてて会話を遮った。

 それから映画のスパイよろしく壁伝いに進んで、身を乗り出さないギリギリのところで

周囲の状況を伺った。

 そこには普段の町並みは微塵も残されてはいなかった。

 代わりにあるのは悲惨なほどに荒廃し蠢く奴らで埋め尽くされた死の世界。

 あの夜の再現。〝外界〟が突如として二人の目の前に姿を現したのだ。

「そんな、どうして此処に外界が。僕が入った時にはこうはなってなかったのにッ!?」

 驚愕の声は悠月のものだった。

「落ち着け。こんなことでいちいち取り乱すな」

「でも、ここが外界になっているってことは僕たちの世界が!」

「だから取り乱すなと言っているだろう。大丈夫だ、この世界は俺たちの世界には干渉し

ない。現実には何も起きていないんだ。そんなことよりもここを切り抜けるにはお前の目

が必要だ。鷲宮、お前にはあの怪異たちが何に視えている」

「え?」

「仁の息子なんだろう。魔眼を継承した魔法使いだというならこんなものには惑わされな

いはずだ。ほら、早く視ろ」

「……あなたは本当に何者なんだ。僕の何を知っている」

「いいから! くだらんことは考えずに、心を落ち着けて、慎重に状況を視ろ。俺の傍を

離れなければ奴らに見つかる心配もない」

 強引に肩を掴まれて悠月は否応もなく前へと立たされた。

「―……――……―ッ!!」

 これ以上頭を悩ませても仕方がないと判断した悠月は頭を振って思考をクリアにする。

 集中すべきは前方に群がっている怪物たちの解析だ。

 悠月は自分でも理解の及んでない魔眼を使って双眸に力を籠めた。

 目の中心。瞳孔に向かって極彩色が流転してゆく。

 そうして絶えず変化を続ける両の瞳が前方に映る敵の正体を看破した。

 だがしかし最初から幻惑の術を無効化している当の本人にしてみれば代わり映えのしな

い光景である。

 変わらず犇く蠢惑な存在は改めて悠月に不快感を与えるだけだった。

「さっきと同じ奴らの集まりです。他に変わったものはいません」

「上空も確認してくれ。こちらの油断を誘って奇襲という可能性もあり得る」

「今のところは問題なしです」

「良し。なら早く此処を抜けるぞ。こっちはさっきから居心地が悪くて吐きそうなんだ」

 男はしゃがみ込むと近くにあった小石を手に掴み水切りのように地面を滑らせた。

 小石は数度飛び跳ねて推進力を失いながらも投擲した方向へと愚直に進んでいく。

 一見すれば怪物たちの注意を惹きつけるために行われた策かとも思われたこの投擲だが

真の目的は他にあった。

 遥か遠くに消えていく小石がある一定の距離に達した瞬間。

 空間が水面で起きた小波の如く揺らいで小石を飲み込んでいったのだ。

 もちろん、この異質な現象を見逃す悠月ではなかった。

「あれはなんだ?」

「簡単に説明するならこの世界の出入り口だな。俺たちの世界と外界を繋ぐ通路はあの境

界線上にあるんだ。本来ならもう少し解り易い区切りを境にして此処と繋がるはずなんだ

が……どうやら今回は何か別の思惑が働いているらしい。普通、こんな場所に外界が現れ

ることはあり得ないんだ」

「どういうことですか」

「さぁな。詳しいことは俺にもわからん。ただ、一つ言えることはお前がまんまと敵の仕

掛けた罠にハマったってことだ」

「なんか嫌味な言い方ですね」

「小言を言われたくないならもう少し自分が狙われているという自覚を持て。力を得たば

かりの魔法使いは奴らにとっては格好の餌だ。気を抜けば簡単に喰われるぞ」

 もう一度周囲の状況を伺った男は、悠月の肩を叩いて次の行動を促した。

「出るぞ。この場はやり過ごす。俺の傍を離れるなよ」

「やり過ごすって、冗談でしょう。戦わないんですか!?」

「俺の力は少々特殊でね。スニーキングミッションならお手の物なんだよ」

 男はそう言うと無謀にも武器も持たずに外へと躍り出た。

「な、平気だろう?」

 男は得意げに両手を広げてみせた。

 怪物たちは男には目もくれず、先に小石が投擲された方角へとぞろぞろと移動を続けて

いる。

 崩壊した町並みに蔓延る怪物。

 夕景色に染まる陽射しが映し出す男の姿は絶望郷に残された最後の希望か。

「――さぁ、行こう」

 手を差し伸べた彼がどうにも絵になりすぎて、悠月としてはなんだか癪だった。

 きっとこの苦境を救われたのが女性であったのなら彼は間違いなく正義のヒーローにな

っていたことだろう。

 悠月は男と同様に短刀を仕舞うと足早に外界を抜け出した。


 二人は駅前を抜けると東区に広がる住宅地区にまで逃げ込んだ。

「ここまで来れば流石に撒いただろう」

 遠方に瞬く月見ノ原の光を背後に見て、男はほっと胸を撫でおろした。

 つけていた眼鏡を外したのを横目で確認してから悠月が口を開く。

「それで僕に会いたい人というのは?」

「どうした急に。さっきとは変わってえらく素直になったな」

「別に。まだあなたことは信用したわけじゃないですけど、逃げても無駄ならさっさと会

ってしまった方が無駄な時間を過ごさなくていいと思っただけです」

「魔法使いらしい合理的な判断だ。そうしてくれると非常に助かる。力の強い方に従って

さえいれば無闇に命を落とすこともない」

 物騒なことを言って男は再びどこかに向かって歩き出した。

 恐らく雇い主が居る場所へと案内するつもりなのだろう。

「ところであなたの名前は。あなたは僕のことを知っているようですけど、僕はあなたの

ことを何も知らない。名前くらい教えてくれてもいいんじゃないですか?」

 悠月はようやく聞きたかった疑問を男に投げかけた。

 相手だけこちらの情報を詳しく知っているのが悔しかったというのは確かにある。

 だがそれ以上に、これから関係を築く可能性がある人物の名前を知らないというのが悠

月自身内心では堪らなく嫌だったのだ。

 警戒心を露わにしていても、悠月の性根は優しく温厚で朗らかな点にある。

 こうしていつまでも無愛想に徹することができなかったのが何よりの証拠だった。

「――音切蒼士だ」

 男、蒼士は歩みを止めずに自己紹介をした。

「音切でも蒼士でも呼び方はお前の好きにしろ。年齢はあんまりお前と変わらない」

「え……まさか、年下?」

「はっ、んなわけがないだろう。流石にお前の方が下だよ。敬えよ、魔法使いとしては遥

かに俺の方が先輩なんだからな」

 蒼士はここにきて初めて屈託のない笑みを浮かべた。

 こうして見れば確かに歳相応の容姿の整った好青年である。

 会話をした感覚では見かけによらず取っ付きやすい印象で悪い感情を抱くこともない。

「じゃあ最初は音切さんって呼びますよ。もちろん敬意も籠めてね」

「あぁ、それでいいよ。ま、なにかとよろしくな鷲宮悠月」

 暫くして蒼士はある邸宅の前で歩みを止めた。

「着いたぞ。ここが俺の雇い主が住んでる場所だ。一応覚えておいたほうがいいかもな」

 閑静な住宅街に佇む一際大きい木骨造の長屋にはご丁寧に鋳物門扉と玄関まで続くアプ

ローチまで備えている。

 悠月の家を〝和風〟と称するのであればこの家はさながら〝洋風〟

 間違いなく月見ノ原市内で指折りの豪邸であった。

 蒼士は門に備え付けてあるドアホンを押すと応答が来るまでの間に補足を付け加えた。

「後の詳しい事は中に居る連中にでも聞いてくれ。彼女たちの方が俺なんかよりもずっと

この道のエキスパートだからさ」

 待つこと数秒。

 プツっと音がしたかと思うと、インターホン越しに柔和な優しい女性の声がした。

「はい。イリーガルリサーチです」

「いちいち畏まるなライカ。俺だ、開けてくれ」

「……もう、蒼士くん。こういうのは最初が肝心だっていつも言ってるのにどうしてわか

ってくれないの」

「今回ばかりは絶対に猫被ったって衝突すると思ったからだ。無駄な努力は止めておけ」

「むぅ~~そうやっていっつもわたしだけ除け者扱いするぅ……」

 声が途絶えたかと思うと、ガシャンと門が解錠された音がした。

 蒼士は門を開けるとズカズカと中に入っていく。

 悠月も遅れまいと後に続いた。

 邸内は外観に違わず綺麗な内装が施されていた。

 決して来客を威圧することなく、程よく揃えられたアンティーク家具の数々は木骨造

の色合いに調和して見事に背景として溶け込んでいる。

 これらを取り揃えたのが全て家主の手腕によるものだとすればよほどのセンスの持ち主

だ。

 蒼士を雇っている点といい、これほどの家具を誂えている点といい、この家の主は如何

程の人物なのだろうか。

 まさか先ほど応対した声の主が家主ということはないだろう。

 威厳の欠片もなくふんわりとした声色から察するに先ほどの女性は召使か、あるいは蒼

士と同じように雇われた人材と想定できる。

 いずれにせよ他人の家に許しもなく土足で上がり込んだのではお里が知れる。

 悠月は更なる緊張感を抱きながらも次なる案内を待った。

 廊下の奥からぱたぱたとスリッパを鳴らして足音が聞こえてくる。

 そこに現れたのはやはり先ほど対応してくれた一人の女の子であった。

「あぁ~……ごめんなさい、お待たせしちゃって。初めまして、鷲宮悠月くん。わたしは

ライカ。ライカ・スターオリオンよ。ここでは一般庶務を担当してます。よろしくね」

「……どうも、鷲宮悠月です」

 ライカはセミロングの銀髪に星を刻み込んだ大きなカチューシャをつけた小柄な女の子

だった。

 悠月との身長差は頭一つ分ほどはあるだろうか。

 澄んだ碧色の瞳と髪色から一目で日本人ではないのだろうと察した悠月であったが、こ

の場では瑣末なこと。まずは用件を済ませることに注力して最低限の挨拶だけでやり過ご

すと心に決めた。

「今回はご足労いただきましてありがとうございます。とりあえず事務所の中へどうぞ。

――社長がお待ちです」

「行くぞ」

 促された悠月は導かれるままに長い廊下を歩いてゆく。

 突き当たりを曲がった先が彼らの事務所なのだろう。

 漏れる光を追って足を踏み入れると、そこには仰々しい態度でデスクチェアに座した一

人の女性が。魔女――アルメリア・リア・ハートが薄気味悪い笑みを浮かべて悠月たちの

到着を歓迎していた。

「ようやく来たか。随分と遅かったじゃないか、いい加減待ちかねていたぞ二人とも」

 夜は時間を刻むごとにより一層濃く、暗く深まってゆく。

 これより先は魔法使いたちが織りなす闇の世界が広がってゆくことだろう。

 魔法と呼ばれる神秘は決して外部に語り継がれることはない。

 だが、此処に生きる者たちは必ずや生きてその在り方を示すだろう。

 ――混沌と奇跡の狭間に成る幸福と悲劇の産物を。

        〝魔法の力など所詮は万能足り得ない〟ということを。

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