マリブコーラの泡
いい女とひとくちに言っても、ごまんといる。
ワイルドが描いたサロメの妖艶さやロシアの誇るツルゲネフのジナイーダの軽やかさ、わが谷崎のナオミの憎らしさ、ノワール映画の美女たちには敵わないかもしれないけれど、僕にとってのファムファタルというのは間違いなく「マリブコーラの女」だ。
いまどき珍しい黒いつややかな髪は肩のすこし下まであって、安っぽい、バニラみたいな香水の匂いがする。そんでもってマリブコーラなんか頼むものだから、マリブのココナツの香りと彼女のバニラが混ざって、それはそれは甘ったるいったら。
暗いバーに負けじと黒いボディコンワンピースは、時代おくれな気がするけれど彼女によく似合っている。ストラップの付いたこれまた黒いエナメルパンプスが僕の姿を映し出す。
若いのにこんなところに飲みにくるんだね、と言ったら、あんた大学生でしょなにそのじじくさい言い方、とだけ返ってきた。
僕はカッコつけてカミカゼを頼む。名前を知っているだけだから、どんなのが出てくるのかは分からない。飲めなかったらマズイな、と思いつつ、グラスに口をつける。
いい女でしょ、僕の彼女。