ヒグラシの恋
ある日の夕暮れ、僕は雫さんにキスをした。
お姉さんの笑顔があまりに綺麗で・・・泣いている様に見えたからーーー
僕は小さい頃から夏休みになると、おばあちゃんがいる田舎に預けられていた。
理由は知らないが別に嫌ではなかったし、むしろ夏の楽しみになっていた。
そして小学4年生の夏休み、虫取りの帰り、まだ朝靄の残る林を抜けたところで、僕は雫さんと出会った。
その時のヒグラシの声はとても美しく、まるでお姉さんが歌っている様に僕は聞こえた。
その年の夏は、とても輝いて忘れられない日々となった。
お姉さんは、身体が丈夫じゃないらしく朝方と夕方の涼しい時にしか会えない、そのことに僕が「ヒグラシみたいだね。」と言うと、「・・・本当ね。」と笑っていたーー
そのクスクスと笑う声も、ヒグラシみたいだと僕はぼんやりと思った。
しかし、お姉さんは涼しい時でも辛そうにしている事が多くなっていった。
僕が心配して声をかけると、「ううん・・・大丈夫よ。」と答えた。でもその笑顔がいつもと違って見えた。泣いてる様に見えた。
そして、僕はキスをした。甘い撫子の匂いがしてその度に胸の奥がつかまれる様な感覚を、僕は感じた。
お姉さんが僕の手を握りながら、「また、夏は来るよね。」と呟いていた。
遠くに聞こえるヒグラシの声がまるで鈴の様な音で、お姉さんの泣き声にも聞こえた。
そして、その日を最後に、お姉さんと逢えなくなってしまった・・・
それでも僕は、ヒグラシの声を聞きに田舎へ訪れている。
そして、今年もまたお姉さんの歌声が夏の終わりを告げている。