そのはち 告白
ゼンチさんから、ナキちゃんの余命を聞かれて黙った美保さんは、カバンからシガーケースを取り出した。
「いいかしら?」
「どうぞどうぞ。」
タバコは好きではないが嫌というほどではない。それにこちらはお邪魔している身だ。
美保さんは電子タバコを取り出してゆっくりと息を吸う。よく見るとちょっと変わったタバコだ。吐いた煙も少し色が薄い。
「最近また量が増えて来た。上限越えそう。」
つぶやいた後タバコをしまって冷めつつある紅茶を一口。味はわかるんだろうか。
「それで、探偵さんはどこまで知ってるの?」
『あくまで推測ですが、ナキちゃんはあと一年くらいしか生きられないんじゃないですか?」
ゼンチさんは自分の能力を隠すことが多い。というか、一年?元気そうに見えたけど、そういうものなのかな。一方の美保さんも少し驚いた様子だ。
「街の探偵なんて適当やってるものだと思ったけど、案外やるのね。そう。定期健診で医者からそう言われたわ。」
それでもまだ美保さんんは何か試すような目でスマホの画面を見る。その向こう側のゼンチさんは手を組んでそれに答える。
『ナキちゃんを逃がしたのはあなたですね。』
「ええ。」
どういうわけか少しうれしそうな顔で美保さんはうなずく。どういうこと?弱っているだろうナキちゃんをどうして逃がすんだ?
「どうしてだと思う?」
「え、と。」
急に話を振られてしどろもどろになる。なにか、こういう時にありがちな。
「あー、邪魔になったから、とか。」
「まあそうとも言えるけど、煮え切らない答え。」
ぐさり。どうせ煮え切らない男ですよ。ええ。代わりにゼンチさんが答える。
『娘さんの受験の邪魔にならないよう、ですか。』
確か優月ちゃんは小学五年生。一年後には中学受験がある。大事にしていた猫が亡くなれば、精神的ショックは大きいだろう。実力が発揮できなくなるなんてこともあるかもしれない。
美保さんは満足そうに頷いた。
「名探偵ってこんな近くにいるものなのね。」
『恐縮です。』
でも僕としては納得がいかない。
「なんで、何でですか。そりゃ、確かに大事なペットが死んじゃったら優月ちゃんも悲しむでしょうけど、でもいなくなったって一緒じゃないですか。ナキちゃんにもひどい思いさせて。」
「それは違うわ探偵さん。『死んだ』と『いなくなった』じゃ全然違う。目の前で死んだわけじゃなければ、優月の中であの子は生き続ける。傷はその方が浅く済む。」
美保さんの言葉に少し納得してしまって、次の言葉が出てこない。
「私も別にナキのことが嫌いな訳じゃない。でも、それ以上に優月が大事なの。あの子を買ったのだって、優月の妹代わりだった。でも、思っていた以上にあの子は優月の中で大きくなりすぎたのよ。それに、タイミングも悪かった。」
美保さんはカップを手にして、空になっていることに気付いてまた元に戻した。
『それで、どうしますか。』
「優月との依頼契約に関しては認めます。明日夫が向かうと思いますので、よろしくお願いします。」
「あの、ナキちゃんは……?」
ちょっと怖いけど、それでも聞いておきたい。たぶんゼンチさんも同じ気持ちだろう。
「ナキは……どうしたらいいと思う?」
逆に聞かれてゼンチさんは、
『知りません。』
にべもなく切り捨てた。美保さんは乾いた笑いを浮かべる。
『ただ、個人的には、優月さんとちゃんと話すべきだと思います。余命のことも。』
「でも、あの子はまだ子どもで、死ぬってこともよく分からないのよ。」
『それでも。思うに、優月さんは頭のいい子です。確かに死の実感を持つことは難しいかもしれませんが、教えてあげればきっと分かってくれます。』
「教えるって、どうやって?」
まるですがるような美保さんに、ゼンチさんはちょっと笑ってしまった。
『私は教育者じゃないので分かりませんが、よくあるのは儀式ですかね。』
「儀式?」
『例えばお葬式みたいな……生前葬のようなことをしたりして思い出を振り返ったり、ゆっくりともう会えなくなるということを実感させるのがいいんじゃないでしょうか。なにも言葉で伝えるだけが教えるというわけでもないですし。」
「……そういうのは夫が得意なので、相談してみます。」
それで美保さんは伝票を持って立ち上がった。
「ありがとうございます。顛末は夫から聞いてください。」
『いえいえ。応援していますよ。』
それでゼンチさんの通話が切れた。美保さんは僕の方にもお辞儀をして、それで去って行った。
ひとまずは解決、なのかな。まあこれ以上できることもない、か。
そう思ったところで店員が注文していたお茶を持ってきた。僕も少し休んでから戻ろう。