そのなな 作戦会議
ゼンチさんは、実のところいわゆるSNS中毒だ。事務所でパソコンに向かってるときは大体SNSを見ているか、ネットサーフィンをしているか。時々報告書を書いたりもしているらしいけど、まあ大体そんなとこだ。
ゼンチさんが言うには業務の一環らしい。なんでも全知の能力を引き出すには、何かを思い出すときと同じで引っかかりが必要になるとか。でも依頼を受けてやっているわけではないんだから業務とは呼べないと思う。
日曜日。今日は猫に餌をあげるだけなのでラフな格好。まあ普段からそんなにがっちりフォーマルってわけじゃないけれども。
「こんにちはー。」
事務所に入ると、昨日みたいな惨事は起きてないようだった。ただ、カゴの中の猫は少し疲れ気味に見える。
「ナキちゃんもこんにちは。」
カゴをこつこつと叩くと面倒そうににゃおと帰ってきた。
「ちょっとゼンチさんに似てますかね。」
「どういう意味よ。」
ゼンチさんもとっくに起きていて、やっぱりパソコンの前に座っていた。ずっと座ってて腰とか悪くしないんだろうか。
猫缶を開けて、カゴの前に置く。ナキは格子ごしに缶に手を伸ばそうとする。
「ゼンチさん、ちゃんとお水とかあげてましたか?」
「水はあげてたわよ。……朝ご飯は諦めたけど。」
まあ、確かに水はカゴを開けなくてもあげられるからな。ナキが飛び出さないように注意してカゴの扉を開ける。ナキはゆっくりとカゴから出てきて、開けられた猫缶を少しずつ食べる。
「それで、結局どうするんですか?一日経っていい案が思いつきました?」
ゼンチさんもこっちに来てナキの様子をおっかなびっくりと見守っている。
「そうね……一応周辺状況は洗ったけど。なんというか、私が手を出せるとこなんてないような気もするし、外側から手を入れた方がこじれないような気もするし。難しいところ。」
ナキに手を伸ばしては視線が来るとしゅっと引っ込めるゼンチさん。なんだか猫みたいだ。
とにかく、よくは分からないけど何があったかが分かったということだけは分かった。まあ僕が手伝えることもそうあるまい。
「普賢くん、ちょっといい?」
ついに触れることを諦めたゼンチさんが声を掛けてきた。……まあそういうこともあろう。
*****
ゼンチさんから頼まれたのは、猫缶と、新しい茶葉だった。ご存じの通り猫缶は前に買い足したし、茶葉も別に切れそうなわけでもない。つまり、急ぎでない用事だ。こういうのはちょっと怖い。というのも、たいていこういうときはゼンチさんしか知らない特別な用事が。
ズボンのポケットが震える。スマホを取り出して電話を繋げると、掛けてきたのは案の定ゼンチさんだった。
『左を見て。』
「唐突ですね。」
開口一番にこれなんだから文句の一つでも言おうかと思ったけど、ともあれ左を見よう。左はオープンテラスのカフェになっている。天気のいい日曜日の昼下がりらしくどのテーブルも埋まっているようだ。
その中に一人、物憂げな顔で座っている、見覚えのある切れ長の目をした女性が。
「……僕そろそろ戻りますね。あーゼンチさんが上司だと寄り道もできないからなー。」
『じゃ、よろしく。』
ゼンチさんの容赦ない一言にため息をついて、頭を抱えているその女性、依頼人の母親である如月美保さんに話しかける。
「あのー、すみません。」
美保さんははっとしたようにこっちを見て、眉間に皺を寄せた。
「ああ、探偵さんとこの。何かありましたか。」
「いえ、僕は別に何かあったわけじゃないんですけど……。」
あからさまに不審な目で見られている。まあそれはそうだろう。と、スマホがまたぶーっと鳴り出した。
「すみません、出ても?」
勝手にすればって感じのサインが出たので取ってスピーカーホンにする。聞こえるのはもちろんゼンチさんの声。
『あーあー、聞こえますか?』
「……なるほど。でも話したいのなら面と面を会わせるべきじゃないですか?」
僕もそう思う。と思ってたらぱっとビデオ通話になった。そう言う意味じゃないだろう。美保さんもあきれ顔で紅茶を飲む。長くなりそうなので僕も相席失礼してお茶を注文。
『如月さんに聞きたいことがあったんです。』
美保さんは答えず様子をうかがっているようだ。ゼンチさんはためらいがちにまた口を開いた。
『ナキちゃん、後どれだけ生きられますか?』
美保さんは眉間の皺を深くし、左下の方を見ていたかと思ったら、深いため息をついた。