そのよん 猫探し
ゼンチさんの能力――ゼンチさん自身は『神能』と呼んでいるが――は全知、文字通り何でも知っていることだ。
ゼンチさんが言うには人の知り得る範囲でしか知らないらしく、例えば他人が何を考えているかや死んだらどうなるのかなんかは分からないらしい。一方で人類知が広がればその分全知として知れることも増えるのだとか。
人間であるが故、神の力にも制限がかかる。ゼンチさんは時々かっこつけてそう言っているが、まあ僕からしたら何でも知ってるってだけで十分すごいと思う。
ゼンチさんに言われた街まで自転車をこいで、目的地が近づいたところでヘッドセットを頭に掛ける。と同時に携帯が鳴り出した。身につけたばかりのヘッドセットで受ける。
『着いたわね。』
耳からはゼンチさんの声。
「いつも思いますけど、便利ですよね。あ、人のプライバシーとか覗いちゃだめですよ。」
『当たり前でしょ!?……仕事以外では使ってないわよ。』
まあ人のプライバシーを覗くのも仕事の一環ではあるから、そこはなんとも言えない。
「それで、今どの辺にいます?」もちろん猫の話だ。ゼンチさんはほとんど事務所から動かない。時々銭湯に向かうのを見るくらいだ。
『ちょっと待って……今普賢くんが向いてるのと逆向きに行って。そんなに遠くないから通話は繋いだままで。』
相づちを返し、自転車を押してゼンチさんの指示通りに動く。
五分ほどすると、いかにも猫が好みそうな茂みにたどり着いた。垣に挟まれた、暗いところだ。
「もしかしてですけど。」
『その中にいる。かわいそうに、怖い目に遭って隠れてるのね。』
それはかわいそうな話だ。とはいえ、植物がなくてようやく人1人が入れるような場所に逃げるのも勘弁して欲しい。
「これ、待ってたら出てきますかね。」
『ないとは言わないけど……。』
「あ、名前呼んでみるとか。えーっと、なんでしたっけ。」
『……ナキ。』
ため息交じりに教えてもらった名前を呼んでみるが、動いている気配がない。
「ナキー、ご主人様が待ってるぞー。きっと猫缶もらえるぞー。」
『普賢くん、諦めなさい。』
気のせいか、イヤホンから爪を切る音が聞こえる。くそう、優雅なもんだ。こうやって労働階級は搾取されるんだ。
……まあこうなる予感はしてたし、ゼンチさんからも言われてたから汚れてもいい服に着替えてはいるんだけど。それでも、なんとなく抵抗が。
『普賢くーん。』
「今行きます!行きますから!」
『引っかかれないよう注意してね。』
ご心配ありがとうございます。
「でもどうやって気を付ければ!?」
低木の下に身を入れて手を伸ばす。暗くてよく分からないけど、ふわりと柔らかい毛玉に触れた。と思ったら案の定引っかかれた。
「あ、いた!いだ!?」
『……ご愁傷様。消毒薬は準備しておくわ。』
「ありが、いだ、っ、このっ。」
格闘することおよそ三分。体のほとんどを穴蔵みたいなとこにいれ、両手を使ってようやくナキをがっしりと捕まえることができた。
準備していたケージにナキを入れ、引っかかれたところを撫でながらため息をつく。
『ナキに泣きを見せられたってね。』
「なんか言いましたか。」
電話の向こうから咳払いが聞こえる。まったく、はじめから余計なことを言わなければいいのに。
「そういえば、契約の方は大丈夫ですかね。仕事してから正式に結ぶなんて。」
当然ながら、未成年者と契約を結ぶのは問題がある。後から両親に「なかったことにしてくれ」と言われればこちらはそれに従うしかない。
『ま、あそこの家は大丈夫でしょ。義理堅そうだったし。ただまあ如月さんは怒られるでしょうけど。』
うーん、家庭の事情まで見れるんだから、ずるい話だ。
「まあどちらにせよ明日引き渡しにはなるんでしょうし、それまで世話は大丈夫ですか?」
『まあウチにはアキラがいる……あ、』
ゼンチさんの気の抜けた声に、動きが止まる。
『普賢くん、悪いんだけど猫缶買ってきて。レシートつけてね。』
ストックが切れたのを忘れていたそうな。全知といえど、物忘れには勝てないらしい。