そのさん 依頼人
探偵の仕事は、言うなれば調査全般だ。不倫調査なんてのはよく想像されるだろうが、それ以外にも素行調査や家出人捜し、盗聴器があるかどうかも調べたりする。聞くところによると社内スパイを探すなんてのもあるらしい。
ともあれ、ウチの事務所は二人しか調査員がいないので、基本的には一度に二件まで。探偵としての技術や証拠になり得る文書作成が問われる調査系の仕事をゼンノーさんが、依頼人に報告するだけで済む捜索系を僕が受け持つのが基本だ。
まあ、そうは言っても実際には全部ゼンチさんが調べるんだけど。
正午。事務所が開く時間になると、僕は入口にはめてある「CLOSED」の看板を「OPEN」にする。どうでもいいけど、なんで閉まってるときだけ過去形なんだろう。
ともあれ看板を変えたくらいで人が来るんだったら今頃日本中が好景気だろう。大体事務所は開店休業。結局ゼンノーさんとゲームをして時間を潰して一日を終えることも少なくはない。
しかし今日は違った。
「アキラ、片付け。」
「お、来たか。」
「普賢くんは――。」
依頼人が来る前にゼンチさんが準備をするように言うのはいつものことだけど、用意する飲み物の種類で言いよどむのは珍しい。
「ゼンチさん?」
「うん、たぶん大丈夫。オレンジジュースだと思うから。あ、あとアキラは隠れてて。」
これまた珍しい。いったいどんな依頼人が来るのか。
依頼人は、ランドセルをしょってやってきた。
さっきまでゼンノーさんが寝っ転がってたソファに座り、少し緊張した面持ちながら時折ゼンチさんの方を盗み見るのは如月優月ちゃん(11)。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか。」
ゼンチさんが話を切り出したのを見て、優月ちゃんは驚いた顔を向けた。もうこの反応にも慣れたが、まあ確かにともすると自分より年下に見える人がこの三人のうちのトップだとは分からないだろう。
「あの。」
「あ、すみません。えと、この子なんです、けど。」
優月ちゃんが見せてきたスマホには首輪をつけた猫の写真。背景を見るに家の中でとったものだろう。
「家出しちゃったみたいで、探してもらえませんか?」
ゼンチさんは軽く鼻を鳴らして写真と優月ちゃんを見比べる。
「いやな聞き方をしますが、依頼金のほうはご準備いただけますか?」
ゼンチさんは電卓を取り出して「ちなみに相場はこれくらい」と叩いてみせる。出された数字を指で数えて、だんだんと顔から元気を失っていく。
「あの、ご両親に相談してみるとか。」
助言のつもりでそう言ったがゼンチさんからは睨まれ、優月ちゃんはますます落ち込んた。う、どうやら聞いちゃいけないことだったみたいだ。
「前にもナキは逃げ出して、その時お母さんから二度目はないって……。」
猫の名前はナキと言うらしい。ゼンチさんは泣きそうになってる優月ちゃんを見てため息をつき、また電卓を叩く。
「そうですね……半日だけ探す、ということであれば……これくらいですかね。」
ゼンチさんの出した額は小学生には多いように思えるが、それでも本当の相場よりは安い額だった。優月ちゃんはその数字を見てうーんと唸った後、頷いた。
「お年玉貯金があるから……それでお願いします。」
「はい。ではお金は明日でも結構ですが、調査結果にかかわらずいただくことになっています。それでもよろしければこちらに名前を。あとご両親のどちらかからにも書いてもらってきてください。」
「えと、あの。」
少し不安そうに僕とゼンチさんを見比べる。ゼンチさんはにっこりと笑って、
「大丈夫です。彼は大変優秀で、時々動物と話ができるんじゃないかと思うくらいですから。」
「ちょ、ゼン……所長!」
否定しようとしたら優月ちゃんがきらきらした目をこちらに向けている。
「……本当ですか?」
「いや、話はできないけど」
そう言うと優月ちゃんがまた不安そうな目に戻る。
「あー、でも大丈夫。きっと連れてくるから。」
それで何とか優月ちゃんも決心したみたいで、ゼンチさんの説明を聞きながら契約書にサインをした。そして原本を握り絞めながら「また来ます」と行って去って行った。
「いいんですか?相場荒らしはしたくないって言ってましたけど。」
「どうせあの子は他のとこだと門前払いでしょうしね。じゃあ、早速行ってきて。」
ゼンチさんに言われるがまま、僕こと普賢心は事務所を飛び出した。