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そのいち ゼンチさんはコーヒーが苦手

 ゼンチさんはコーヒーを飲むとき、必ずしかめっ面をする。

 これは別に僕の淹れたコーヒーがまずいわけでもなく、ゼンチさんが常にイライラしているというわけでもない。いやまあゼンチさんのメンタルは割と不安定な時もあるけど。

 ゼンチさんは、ブラックコーヒーが苦手なのだ。

 とある雑居ビルの二階の通り側のフロアに、僕の勤め先はある。名前を「神能(しんのう)探偵事務所」という。

 たいていの依頼人は所長の名前が変わっているのだろうと思っている。でも別に所長の名前が「神能」というわけではない。

 文字通り、「神のごとき能力で依頼を達成するから」そういう名前にしたと、ゼンチさんは言う。なんたるネーミングセンスだ。

 ともあれこの事務所の構成は給湯室――というかもはやキッチン――とトイレ、あとは受付兼客間とゼンチさんの居住スペースだ。


 朝。僕が事務所の鍵を開けるとほぼ同時にゼンチさんが居住スペースから出てくる。

 「おはようございます、ゼンチさん。」

 「……はよ……。」

 寝ぼけ眼をこすりながらゼンチさんは消え入りそうな声を返す。

 タオルを引きずりながら給湯室に向かう姿は、安全毛布のライナスの姿を思い起こさせる。僕も飲み物を用意するためについて行く。

 「おおシン、もう来てたか。」

 「ああゼンノーさん。おはようございます。」

 背中のドアが開くと、もう一人の所員であるゼンノーさんが今日も今日とてトレーニングから戻ってきた。顔を洗っているゼンチさんの、出しっぱなしにしている水をコップにとってごくごくと飲む。ゼンノーさんの分の飲み物も用意している身としては、少し複雑な気分だ。

 ゼンチさんが水を止めて顔を拭くころに僕の方もコーヒーを挽き終わった。お湯も沸いたので自分の分のお茶を用意しつつドリッパーにお湯を通す。そしてドリップを始める前に急須にお湯を入れ、別なマグカップに牛乳を入れてレンジに入れる。そしたらようやくドリップ開始だ。

 大体二回目のお湯を注ぎきったころに電子レンジがチンとなる。少し冷えるのを見越してレンジの温度は上げている。慌てずにもう一度コーヒーにお湯を注ぐ。

 「……よし。」

 お湯を注ぎきれば、電子レンジから牛乳を出してココアの粉を溶く。それで最後に自分のお茶を湯飲みに注げば完成だ。


 お盆に乗せて客間まで運んでいく。すでに二人とも朝ご飯を食べながらニュース番組を眺めていた。

 ゼンノーさんがトレーニングついでに買ってきた焼きたてのパン達。僕は朝食を済ませて来ているけど、小麦の香りが食欲を刺激する。きっとコーヒーやココアともよく合うことだろう。

 「……ってゼンチさん。いつものことですけど、その右手に持ってるのは何ですか?」

 「何って……。」

 ゼンチさんは右手の銀紙に包まれたチョコレートを見る。ゼンチさんはパッケージを先に全部取っぱらってしまうタイプなのだ。

 「チョコレートだけど。」

 「分かってますよ!なに食事中に甘いもの取ってるんですか!」

 「だって……苦――。」

 ゼンチさんの声が小さくなると同時にゼンノーさんがテレビの音量を上げる。何というコンビネーション。でも大体何を言ったかは想像が付く。

 「だから、コーヒーが苦いならミルクでも砂糖でも入れたらいいじゃないですか。」

 しかしゼンチさんはちっちっちと舌を鳴らしながら指を振る。

 「いつも言ってるでしょう?探偵の飲み物といえばブラックコーヒーだって。」

 たぶんドラマか何かの影響なんだろうけど、まあどうでもいい。

 「……海外だとブラックでも砂糖を入れるらしいですけどね。」

 昨日調べた。ゼンチさんは少し驚いた顔をしたが、やがて顔を赤らめながらもどういうわけかどや顔を見せつけてくる。

 「し、知ってたわよ、もちろん。で、で、でもここは日本だから!ね!」

 ゼンノーさんの方を向く。いつの間にかゼンノーさんは自分の分を全部食べ終わって、ゆっくりとココアを飲んでいた。

 「ん?ああ、まあそうなんだろうな。それより、時間いいのか。」

 テレビの左上にでている時間は八時五〇分。ゼンチさんは慌ててパンとチョコレートとコーヒーを一緒くたに口の中に放り込んでいって、少しむせてはこちらを睨んできた。

 いや、そんな顔されましても。


 ともあれ、これが僕の雇い主であるゼンチさんこと草全(そうぜん)千枝(ちえ)である。ちょっと子どもっぽいところが目立っているけど、本当は他人思いなところもあるいい人なのだ。ただまあ、その話はまた今度。

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