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きみと6月の雨  作者: 藤井 頼
第二章
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18話 最終回

「一馬くん(一馬)(兄貴)、お誕生日おめでとう!」


ここは橘家のリビング。今日は一馬くんの20歳の誕生日。何故、私が橘家で一緒にお祝いをしているかというと……ことは一週間前に遡る。


一馬のアパートにて……


「一馬くん、リハビリの調子どう?」


「うん、まぁまぁかな?」


季節は巡り一馬くんと出会って半年が経とうとしていた。少しずつ空気も変わり始め、各地から紅葉の知らせがテレビを通して耳に入ってきた。


「そっちは?」


「うん、まぁまぁかな?」


わざと一馬くんの真似をして答える。一馬くんと目が合って二人して吹き出した。


「あ! そういえば、もうすぐ一馬くんの20歳の誕生日なんでしょ!? なんで教えてくれなかったの?」


「え? あぁ、そういえばもうすぐだね。すっかり忘れてた」


私が拗ねたふりをして背中を向ける。


「ごめん。俺も言われるまで忘れてた」


頭を下げてる一馬くんを横目に私は拗ねたふりを続ける。


「奈央、どうしたら許してくれる?」


一馬くんが後ろから抱きしめながら耳元でささやく。少しくすぐったく感じながら、振り返って一馬くんを見る。


「何すればいい?」


少し困った顔でそう尋ねる一馬くんを愛おしく思う。私はソファで座り直すと一馬くんにお願いをする。


「私に一馬くんの誕生日にちょっとだけ時間をください」


「え?」


一馬くんがポカンとしている。


「や、やっぱり20歳の誕生日は特別な日だから、家族とか友だちとかと過ごすよね! 図々しいお願いしちゃってごめん」


「ち、違う違う! 彼女と誕生日過ごすなんていつ振りだろうって……思って……」


ん? そ、そうだよね。一馬くんだって私が初めての彼女ってわけじゃないし、何ちょっとこんなことで地味にダメージ受けてんの?


「奈央?」


「ううん、何でもない。でもきっと一馬くんの家族のことだもん、一馬くんが20歳になるのをすごく楽しみにしてると思うな」


「確かに何か誕生日の話題をこの前振られたような……」


「そうだよ! やっぱり20歳の誕生日だもん、すごく大事な日だよ」


一馬くんは少し考えてから、「うん」と頷く。


「奈央も一緒にいたらいいじゃん」


「え?」


てな感じであれよあれよと参加する方向で話がまとまってしまった。


誕生日当日、実家に行く前に一馬くんと待ち合わせて二人で行くことになっていた。すでに待ち合わせに15分遅刻している一馬くんを駅前で待つ。


「ごめん!」


後ろから勢いよく一馬くんに声をかけられて驚いた。走ってきたのか、息が上がっていた。


「大丈夫だよ。ちょっと前に来たところ」


「そっか、じゃ行こうか」


そう言って先を歩く一馬くんのあとを追う。いつもなら手を繋いだり一馬くんが私の歩調に合わせて隣を歩いてくれるのに、今日は何故だかいつもと様子が違うような……気のせいかもしれないけど、どこかよそよそしく感じる。


ほとんど話もしないまま橘家の門をくぐった。


「奈央さん、飲んでる?」


「はい、飲んでます。お義母さんは飲んでますか?」


「うぅ……、お義母さんと呼ばれる日が来るなんてね」


小百合さん(橘母)がお酒片手に涙を拭う。


「す、すいません。ただの彼女に呼ばれるなんて気分悪いですよね!」


すると、小百合さんの様子を見ていた慧史さん(橘父)が近寄ってきた。


「びっくりさせたね。一馬が彼女を紹介するなんてこと初めてで……でも母さんは奈央さんみたいな子が一馬と一緒にいてくれることすごい喜んでんだ」


「そー、そー、毎日のように奈央さん、奈央さんって兄貴の名前よりよく聞くようになったし」


弟の莉央くんが話に割り込んできた。そういえば、前来たときは「三崎さん」だったのに、いつのまにか「奈央さん」に変わってる。


「あ、あの、一馬くんを20年間大切に育ててくださってありがとうございます!」


勢いあまってまた変なことを口走ってしまった!それを聞いたご両親は二人で大号泣。莉央くんは飲んでいたコーラを盛大に吹き出し大笑い。一馬くんを見やるとやはりどこか浮かない顔をしている。心ここにあらずって感じ……。


「な、奈央ちゃん! それって嫁をもらう男が両親に言うやつじゃないの(笑)」


「俺はそんな嫁とか!!」


一馬くんがそこまで言ってはっとするのがわかった。きっと何かあったんだ。それも私にとっては良くないことだってのはわかった。今日一馬くんがいつもと様子が違ったのも、家族との誕生日会を後悔していたからかもしれない。


悪い想像だけが膨らんで、私の気持ちは一気に冷えていくのがわかった。


アパートに帰る道すがら二人で川沿いを歩く。急に一馬くんが立ち止まると私を引き止める。


「言いづらいんだけど、奈央に話がある」


「え?」


一馬くんの表情は読み取れない。「言いづらい」と言った一馬くんは申し訳なさそうに私を見る。


そっか……。さっきのことを思い出した途端、胸が詰まる思いで緊張した。いくら一馬くんが大切にしてくれても、いつ別れ話を切り出されるのかといつも心の端で不安に思っていたのは事実。それならいっそのこと手放した方が楽になれるのかも……。


「あ、あの!」


気づくと声が出ていた。このまま終わりたくない。半年前ならこんな気持ちにはならなかったと思う。


「こんなこと、もう今更かもしれないんだけど、い、今まで本当にありがとう」


ここまで言うと、もう涙が止められなくなってしまった。一馬くんが驚いた顔で私に近寄る。


「な、奈央!?」


泣いて引き止めるなんて、最低だな私。


「私、一馬くんに何かしたなら謝るし、気に入らないとこあるなら努力するから……だから……」


「ちょっ、ちょっと待って!? いったい何の話?」


一馬くんが私の腕を掴み話が読めないといった顔をする。


「だ、だから……一馬くんが私と別れたいって話」


「誰が!?」


「一馬くんが」


「誰と!?」


「……私と」


はぁーーと盛大にため息をついたかと思うと、きつく抱きしめられた。


「え? 一馬……くん?」


一馬くんは私から身体を離すと、ポケットから小さな箱を取り出す。私の手をとり掌にその箱を乗せた。


「え? 何?」


その小さな可愛らしい箱を見つめる。どうゆうこと? 別れたいと思ってたんじゃないってこと??


「俺も今日から大人になるケジメ。開けてみて」


私はゆっくりリボンを引くと箱を開けた。


「一馬くん、これ……」


中には可愛らしいハートのデザインされた指輪が入っていた。


「奈央の左の薬指、予約したいんだけど、いい?」


一馬くんの緊張が私にも伝わってきた。別れ話だと思ってた。こんなに歳も離れててそんなこと言われるだなんて夢にも思わなかった。私は胸がいっぱいになり、ただただうなづくしかできなかった。


一馬くんは箱から指輪を取り出し私の左手をとる。


「これからもよろしくお願いします」


「……はい」


涙で指輪がちゃんと見られない……。ぎゅっと指輪のはまったてを掴む。これからも一馬くんと一緒にいてもいいんだと言われたようで言葉が出なかった。


一馬くんがもう一度私を抱きしめる。


「で、何でそんな風に思ってたの?」


「そ、それは……」


今日の一連の考察を伝える。


「こんなこと始めてだし、上手くいくかを分からなくて……緊張してたというか……」


「でも! 莉央くんの嫁発言、すごい否定してた」


「そ、それは! こんなプロポーズみたいなこと言おうと思ってるときに、〝嫁〟とか言われて過剰反応したとゆうか……なんとゆうか……ごめん不安にさせた」


「ううん……私こそ一馬くんのこと疑ったりしてごめんなさい」


「ほんとだよ。俺結構奈央のこと大切にしてきたつもりなんだけどなぁ」


「ご、ごめん、本当にごめんなさい!」


一馬くんがじっと私を見つめてくる。


「じゃ、誓いのキス。奈央からしてくれたら許す」


「っ!!!? でも!」


「俺とは無理ってこと?」


ずるいそんないい方! そんなことあるわけないのに。……私は覚悟を決め、一馬くんを見据える。


「恥ずかしいから目閉じて……」


「はい」


そう言って一馬くんが目を閉じた。 ゆっくりと近づき私は唇に軽く触れた。すると一馬くんが私の後ろ首を掴み、私の唇を逃してくれなかった。

6月の雨、ご愛読ありがとうございました。

休載もはさみながらの連載でしたが、最終回までたどり着けほっとしています。

次回作は廃部寸前のバスケ部を題材にしたお話を連載予定です。よろしくお願いします。

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