15話 打ち上げ
「真咲先生の握手会、なんとか成功しました! ご協力いただいた四つ葉の皆さん、ありがとうございました! 今日は飲みましょう、カンパーイ!」
威勢のいいかけ声が店内に響く。
横ではすでにビール片手にしゃくりあげる北条さんが
……。
「お疲れ様でした」
私は北条さんに小声で話しかけると軽くジョッキを合わせた。
「あ、ありがとう、ござ、ございます。三崎さん!」
北条さんは泣きながらジョッキをテーブルに置くと、迷わず私の懐に飛び込んできた。若い女子には興味はないが、流石にこれはドキッとした。到底私には真似できない……。まぁ、それだけ彼女にとって大ピンチだったに違いない。
「握手会成功出来て良かったですね」
「本当に三崎さんのおかげです。何も出来ない私に声をかけてくださって」
そうゆうとムクッと起き上がり、テーブルのジョッキを持ち上げ一気飲みした。そのいい飲みっぷりときたら……。
「三崎さんは彼氏いるんですか!?」
唐突に北条さんに恋バナを振られる。ほぼひと回り違う子と恋バナをすることになるとは……なんだか感慨深い。
「まぁ、いますよ」
「やっぱり彼氏さんも出来る方なんですか!?」
「うーん、出来るかどうかはわかりませんが優しい人です」
きゃーという反応を見せる北条さんに周りの人が反応する。
「何何? 北条さん楽しい話?」
「そうなんです! 三崎さんの彼が優しいって話なんです!」
へー。と周りも反応する。近くにいた柴咲さんがこちらに気がついてやってきた。
「そーよ、三崎さんの彼って言ったらこの業界で右に出る者はいないと言われた編集さんなんだから!」
「え?」
何か話が噛み合ってないような……柴咲さん誰のこと言って……
「だって私、昨日打ち合わせ行った帰りに四つ葉の本社前で見かけたのよ。当時から付き合ってたんならもう結婚してるのかと思ったんだけど……」
まさか!? 昨日って……
「二ツ橋出版の八神翔さんでしょ?」
ざわざわと周りが騒がしくなった。みんなが驚いて私を見ているのがわかる。
「や、やだなー。柴咲さん、誰かと見間違えたんじゃないですか? 私昨日は、その、仕事で」
「昨日は僕と担当してる先生方に挨拶回りをして直帰したはずなんですが?」
私の隣にいた菅原さんが柴咲さんの話を否定する。
「あ、そうなんです。そう、菅原さんと挨拶回りを。確かに八神さんは元上司ですが、それ以上でも以下でもなく」
「そっか、あの頃そんな噂もあったからてっきりそうなんだと。だから今日、二ツ橋から四つ葉に勤めてるって聞いてすごくビックリしたのよ」
あはははと少し酔いが回ってきた柴咲さんはその場を後にし、蓬莱さんの隣の席へ移動していった。ドキドキと心臓がうるさい。
「……余計なことしましたか?」
菅原さんがこちらを伺うように話しかけてきた。
「ありがとうございます。助かりました」
「……なら良かったです」
菅原さんは何ごともなかったように烏龍茶に口をつける。今は無口な彼にすごく救われた気分だった。同じ業界に戻ると決めたときに覚悟はしていたはずだったのに、いざ馴染みのある人に話を振られると上手く返せなかった。
「菅原さん、隣いいですか?」
「……どうぞ」
隣で黄色い歓声が聞こえたかと思うと、菅原さんはあっとゆう間に若い書店員さんに囲まれてしまった。いつもの菅原さん見たら驚くだろうな……確かに今日はモテオーラが半端ない。と、不意に菅原さんと目があった。
「……すみません。僕、今は新人教育に忙しくて時間がなかなか取れません。せっかく誘っていただいたのに……」
「そうなんですね!気にしないで下さい。また店舗にも顔だしてくださいね」
そう言うと若い書店員さんたちは別の席へと移って行った。私が呆気にとられていると菅原さんが口を開く。
「……新人がヤキモチを妬くと仕事に支障が出そうなので」
「新人って、私のことですか?」
「はい、三つも歳上のやたらと仕事ができる新人です」
菅原さんは読めない人だが、今日の仕事に関しては少しは認めてくれたってことかな?
「色々余計です!でもありがとうございます。これからもご指導のほどよろしくお願いします」
「……上からの命令なので」
「てか、ヤキモチとか妬きませんから!」
「そうでしたか……物欲しそうな目で見られていたのでてっきり」
「っ! 言葉の使い方!」
その日は終電ギリギリまで飲んで解散となった。色々あったけど、やっぱり私はこの仕事が好きなんだと実感した。
今日は予報通り雨。一日中ぐーたらします。