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きみと6月の雨  作者: 藤井 頼
第二章
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10話 もう放さない

奈央の部屋の前で俺はスマホを取り出す。すでに日付けが変わっていた。奈央に当たり障りの無い内容のメッセージを送る。本社異動で今が一番忙しい時期なのはわかっているし、奈央に負担をかけたいわけではない。勢いでここまで来てしまったが、これで返信がなければ今日は帰ろう。


奈央の部屋の前にしゃがみ込むと少し気持ちを落ち着かせる。メッセージを待っている一分一秒が永遠のように思えて仕方がない。


「一馬くん……?」


エレベーターの方を見ると仕事の帰りっぽい奈央がいた。こんな時間まで仕事してたのか? やばい、一週間会ってなかっただけなのに……。奈央を見た途端俺は立ち上がり彼女に近づき抱きしめようとした。


「っごめん!」


そう言って俺の胸を押し返す奈央はすごくやつれた顔をしていた。抱きしめようとした手が行き場を失った。


「……あ、あの。ちょっと疲れてて。ごめんなさい」


『昔から何でも一人で解決しようとするから』


康介さんの言ったあの言葉が脳裏によぎった。ここで引き下がったらあのときと何も変わってない。俺は拒絶される覚悟で奈央を抱きしめた。


「……一馬くん」


「ごめん……疲れてるかもしれないんだけど、この前の花火大会で奈央が話そうとしてたこと聞きにきた。俺、何があってもちゃんと奈央の話聞くから」


そうゆうと奈央は腕の中で肩を震わせ涙を流した。奈央の身体は先週よりも少し小さく感じた。きっと忙しさであまり何も食べていないに違いない。


部屋に入り奈央をソファに座らせ、俺も隣に座った。


「この前はごめん、……八神さんとのことだよね?」


その名前を聞いた途端、奈央の瞳から次々と大粒の涙が溢れ落ちた。この一週間、仕事が忙しいのに奈央が一人で抱え込んで色々なことに神経をすり減らしていたのだと思うと罪悪感に押しつぶされそうになる。


「俺は大丈夫だから」


肩を抱くと優しく奈央に話しかける。


「八神さんに今度会いたいって……そう言われて、私には一馬くんがいるのに気持ちがついてこなくて、それで……」


「……奈央にとって八神さんはすごく大切な人なんだね」


きっと奈央にとっても俺にとっても辛い話になるに違いない。でも俺は今の奈央をちゃんと支えたいと思っている。だから動揺するな! 傷ついてる場合じゃない! そう自分に言い聞かせる。


「っ! ご、ごめん一馬くん……」


「謝らなくていいし、俺は何を聞いても奈央の側にいるから。だから話してくれる?」


それから奈央が話せる範囲で八神さんとのことを話してくれた。八神さんと奈央は恋人関係だったこと、八神さんに政治家の娘との縁談が持ち上がっていたこと。それから奈央が八神さんの将来を思い、嘘をついて彼の前から姿を消したこと。


「話してくれて、ありがとう。辛かったよな」


奈央を優しく抱きしめると、彼女は安心したかのようにふっと力が抜ける。これでやっとあのときのことが繋がってきた。


「奈央はまだ八神さんのこと今でも大切に思ってるんだよね? それで俺とのこともあるしどうしていいか分からなくなってるんだね」


「……っ!ち、違う!」


「……八神さんもまだ奈央のこと思ってるんじゃないのかな? そうじゃなきゃ抱きしめたりしないよね?」


その言葉を聞いて奈央が驚いた表情を見せる。


「……ごめん、あの日八神さんが奈央を抱きしめてるの、俺、見たんだ。それでいい話じゃない気がしたし、話を聞いたら奈央がいなくなる気がして、だから動揺して奈央の話聞かなかったんだ。情けない奴でほんとごめん」


「一馬くんは何も悪くないよ。私が全部悪いの」


そうゆう奈央の肩を掴み目線を合わせると、俺の今の気持ちを伝える。


「きっと俺がいなかったら、奈央は何も考えず八神さんのところに戻れたのかもしれない。でも、俺はもう奈央を手放す気はない。だから少しでも俺と一緒にいたいと思ってくれるのなら、今はそれだけで十分だから」


「……私、今日八神さんと二人で会ったの。そのとき八神さんにキスされた。それでもそんな風に思える?」


衝撃の告白に胸をえぐられる思いだった。でもこれは元はと言えば俺が奈央を一人にした罰が当たったんだ。俺は奈央の顎に手をかけると、ゆっくりとその唇を塞いだ。


「……っ」


「これで上書きしたから。……ごめん、俺が頼りないばっかりに奈央に辛い思いさせて。……奈央を手放せなくて」


「何でこんな私のこと……。私、正直八神さんに偶然再会したときすごく動揺した。会おうって言われたときも」


相手の将来のために自分を犠牲にした彼女が八神さんに会って動揺しないわけがない。


「でも、また恋愛しようと思えたのも、こんな私のこと大切にしてくれるのも、いつも一馬くんだった。いつのまにか一馬くんは私の中で大切な存在になってたの、だから」


奈央が俺の首に手を回してキスをした。


「私は一馬くんがいい。……八神さんにもそう伝えてきた」

奈央を一人にしたことを後悔した一馬。何とか奈央から話を聞くことができた一馬はもう奈央を放さないと誓う。

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