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きみと6月の雨  作者: 藤井 頼
第二章
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08話 歪み

「その手を離してもらおうか」


俺が飛び出すより先にスーツ姿の男が、奈央の手を掴むナンパ男の手をひねりあげる。


「ってーなー! 行こうぜ」


ナンパ男たちを見送ると、スーツの男が奈央の腕を取る。俺は人混みを掻き分け奈央の元に急ぐ。


「見せて。…ちょっとアザになってるね。痛い?」


「……大丈夫です」


二人の雰囲気を感じて足が止まる。奈央の手首を優しく包むスーツの男の顔が見えた。あれ? あの人、確か…どっかで…。


「…奈央。あれからずっと連絡待ってたんだけど…。もう僕とは関わり合いになりたくないってことかな?」


「…八神さん」


そうだ、動物園の時に会った奈央の元上司の八神さんだ。二人の雰囲気はやはり親密な感じに見える。八神さんが奈央に近づくと優しく彼女を抱きしめる。


「あのときのこと、ちゃんと話したい……」


「え!? あの。」


「…じゃ、待ってるから」


最後の方は何を言ってるのか人混みの喧騒で聞き取れなかった。八神さんは奈央を離すと彼女の髪を撫で去って行った。


「奈央!」


そう呼ぶと奈央が俺の方を振り返る。その顔は切なく今にも泣き出しそうな顔をしている。俺は怖くなって奈央の腕を引くと自分の腕の中にきつく閉じ込めた。


「ごめん、遅くなった」


奈央は俺の胸で首を振り、俺の服をぎゅっと掴んだ。浴衣を着た彼女はいつもより頼りなさげな雰囲気をまとっていた。きっと何かあればちゃんと話してくれるに違いない。


「…花火始まるから行こう」


俺は努めて明るく振る舞うと彼女の手をとる。八神さんとは偶然会ったのか?さっきは何を話していたのか?いったいどうゆう関係なのか…とか。聞きたいことは次から次に浮かんでくるのに、その質問を彼女に投げかけることは出来なかった。


「…一馬くん。あの! ちょっと聞いて欲しいことが…」


「……それ、今じゃなきゃダメ?」


今聞いたら、奈央が俺の側からいなくなってしまう気がした。何より俺が冷静に話をする自信もなかった。きっと傷つける言葉しか出てこない…。


「あ、…ううん。大丈夫」


「じゃ、ほらそろそろ時間だから」


奈央と八神さんがそれなりの関係であったこと、奈央が何か大切な話をしようとしていたことも気づいていた。でも俺は奈央の性格を逆手にとって自分の保身に走った。


奈央の手を掴んでいるのに、温度のないその手は俺をますます不安にさせる。


「9月からは俺もリハビリで忙しくなるから、あんまり会えないかもしれない。ごめん」


俺はそんな言葉で彼女を突き放した。その後、花火の音なんてぼんやりとしか耳に届かず、俺は深い水の底にいるような感覚を覚えた。何やってんだ、俺。

八神さんはたまたま花火大会の取材で会場に。偶然奈央がナンパ男たちに絡まれているのを見ていてもたってもいられなかった。二人の間で交わされた約束を巡って、大きく運命が転がり始める。

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