03話 32歳の誕生日
黒縁メガネに少し癖のある柔らかそうな明るい髪。間違いなく3か月前の彼だった。あの時のように私は彼から目を離せなくなった。
「奈央?」
不審顔の康介に気づき我に返った。目の前にいるのはあの日の彼、次にいつ会えるかもわからない、どうしたらいいのか考えていると、
「では、ごゆっくり。」
彼はお辞儀をしてその場を立ち去る。ガタンっ!
「あ、あの!」
思わず立ち上がり彼の背中に声をかけていた。 ゆっくりと振り返る彼とまた目が合い、ドキドキと自分の胸がうるさく鳴った。
「…か、傘が。」
ようやく話せたのはその一言で、様子を見ていた康介が小声で私に声をかけてきた。
「知り合いだった?」
「それが、多分ちょっと前にお店に傘を忘れてったお客様で…。」
「…もしかして本屋さんですか?」
私たちの会話を聞いていた彼がつぶやいた。
「申し遅れました。私、四ツ葉書店の三崎奈央と申します。春ごろに来店された際に『K』とイニシャルの入った黒の傘をお忘れになられませんでしたか?」
早口で話し終えると、申し訳なさそうに彼が話し始めた。
「多分俺ので間違いありません。大事にしていた物だったので助かりました。ありがとうございます。」
彼は丁寧にお辞儀をした。近いうちに来店するのでそれまで保管をしてほしいと言い、カウンターに戻りメモに名前と連絡先を書いて奈央に手渡した。奈央は急な再会に気が動転して身動きが取れずにいた。店内は忙しいらしく、もう一度頭を下げると彼は足早にその場を後にした。
「奈央、とりあえず座ってケーキ食べたら?」
康介の興味津々な顔が私を捉えていた。
「今日はハシゴだな。」
案の定、その後はいつもの居酒屋で根掘り葉掘り聞かれ家に着いたのは深夜の1時を回った頃だった。
軽くシャワーを浴びソファーに座ると、テーブルに置かれたメモを拾った。
『橘 一馬 090-××××-1025』
イニシャル『K』は、カズマの『K』だったのかな?私はまだ夢見心地で夕方からの出来事を思い出していた。いつもの誕生日だと思っていたのに、彼に再会できた。その彼に『お誕生日おめでとう』とケーキをもらった。←(都合よく解釈)極め付けは、彼の名前と連絡先ゲット!←(いや、これも業務上知り得た情報により私的流用は出来ません。)
「…橘さん」
ふと名前を口にしてみたが、恥ずかしすぎてやばい。向こうは何も意識していないとわかっていてもにやけてしまうほどに、私の心に『橘 一馬』の存在が大きくなっていくのがわかった。
三崎奈央(32)
四ツ葉書店勤務。一人暮らし、彼氏なし。好きな物、本、ケーキ、アジアドラマ。小・中・高、吹奏楽部。家族構成、父・母・弟。一目ぼれはまずしない、好きな人が出来ると一途タイプ。
佐伯康介(32)
奈央と幼・小・中の同級生で幼馴染。高校は都内の進学高へ進むが奈央とは駅などでよく遭遇した。何でも卒なくこなし、周りへの気遣いも忘れないイケメン。昔から彼女の絶えないタイプ。