26話 1番大切にしたい
「何か三崎さんと会う日は雨の日が多いですね!まぁ、梅雨だから当たり前かもしれないっすけど。」
確かに一馬くんと初めて会った日も、次に本屋から駅まで歩いた日も雨が降っていた。
「今まで雨ってグラウンド使えなくなったり練習着乾かなかったり、何かと困る事多かったけど、今は雨のおかげで三崎さんとの距離も縮まったし、雨もまぁ案外悪くないなと思ってます。」
一馬くんはいつも前向きで活発で太陽みたいな存在で雨とは正反対なイメージだけど、私はどっちかというと雨だなぁ。だから惹かれたのかな…なんて考える。
「…好きになったよ。」
「…え?」
「あ!私も!雨!」
「ですよねー。ちょっと俺の話かと勘違いしそうになりました。ははは、…はぁ。」
あからさまに落ち込んでる!
「ふふっ。好きだよ、一馬くんのそうゆう真っ直ぐで素直なところ。」
「あ!今、俺のこと子どもっぽいって思いましたね!」
もう恋はしないと思ってたのに…。ほんとにちゃんと一馬くんのこと好きになってるよ。だって私の一目惚れだったんだもん。いつどこにいても一馬くんのこと考えてる。それでもまだ彼氏彼女の関係に踏み込めないのは、年の差とか一馬くんの将来とか考えたり、恋愛に自信がなかったり、こんな中途半端な気持ちじゃ向き合えないって思ってるから。
「っくしゅ!」
「一馬くん大丈夫?」
さっきより風が出てきてちょっと寒くなってきたかも。しかも私が上着借りちゃってるし。上着を返したいけど、公然わいせつになりかねない!と思い直した。
「一馬くん、今日はもう帰ろう。」
「そうですね。服も濡れたままだと風邪ひきますね!早く帰って着替えないと。」
そう明るく話す一馬くんに違う意図の『帰る』であることをつげる。
「あの、私の家ここから結構近くだから…。その、服濡れたまま帰るより家で乾燥機かけたらすぐ乾くし、よかったらなんだけど。」
「え?」
想定外の提案に一馬くんが一瞬戸惑ったように見えた。
「う、上着も借りちゃってるし、もう少し一緒にいたいなぁって…ダメかな?」
「……ダメじゃないっす。」
小雨になってきたところで近くの売店に行き、傘を買うと動物園を後にした。正門を出たところで今朝のことを思い出した。…八神さん、この近くで打ち合わせって言ってた…。少し後ろ髪を引かれながらも過去を振り切るようにその場を後にした。
一馬くん家とは逆方向の電車に乗り最寄りの駅で降りた。家までのたった10分ほどの道のりも緊張でどうにかなりそうだった。
「雨、なかなかやみませんね。」
「…そうだね。」
「三崎さん、もしかして緊張してますか?」
「そ、そんなことないよ。ちゃんと片付けしたかなぁとかちょっと心配になっただけで、べ、別に変なこととか考えてないよ。」
て、変なこと考えてたみたいじゃん!言い方!私のバカー!!
「変なこと考えてたんだ?」
「いや、その…違うよ、全然!」
「ははは、焦らなくて大丈夫です。三崎さんがそんなこと考えてるなんて一つも思ってないですから。それに、俺、三崎さんが嫌がることはしたくないので安心してください。」
意外と落ち着いてる一馬くんに少し複雑な気持ちになる。そりゃ私も多少は考えたりしますよ。それなのに一馬くんはこの2人きりの状況でも動じないなんて、やっぱり慣れてるってことか?
アパートに着くとエレベーターに乗り部屋の前に着く。律くんや康介が来たときは何にも気にならなかったことが次から次へと気になりだして、鍵を開ける手が止まってしまった。
「…あの、三崎さん?」
「ちょ、ちょっと待って今開けるから。」
緊張からか鍵を落としてしまい、慌てて拾おうとしゃがみこむ。
「…やっぱり俺今日は帰ります。」
「え?」
「さっきは何もしないなんて言い方したけど、三崎さん目の前にして大切にしたい気持ちと、すぐにでも自分のものにしたい気持ちとあって。でもやっぱ三崎さんに怖い思いはさせたくないんで。」
私こそ32歳にもなって中学生みたいな恋愛してるわけじゃないのに、一馬くんにこんなこと言わせるなんて。
「それに付き合ってないのに、これ以上は甘えられないし。今日は三崎さんを家まで送るってことでここまで来たと思って帰ります。上着はまた今度でいいんで。」
一馬くんはいつもそう、一番に私のことを考えてくれる。けど、一馬くんの気持ちは2番目で。だから他の誰でもない私が一馬くんのこと一番に考えてあげたい。
「濡れたままじゃ、ほんとに風邪引いて…。」
「ありがとうございます。じゃ、また。」
一馬くんは笑顔で私に早く部屋に入るよう促すと、その場を立ち去ろうとする。過去の恋に縛られて身動き取れなくて前に進めない私を大切にしてくれる一馬くんに応えたい。その一心で一馬くんの手を取った。
「じゃ、付き合えば甘えられる?」
ついに奈央が一歩?二歩?進みました。
一馬の真っ直ぐな想いを受け止めることが出来るのか!?