表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみと6月の雨  作者: 藤井 頼
始まりの雨
21/51

21話 お見舞い

インターホンを押そうとしていた手を咄嗟に隠した。振り返るとそこにはマスクにスエット姿の一馬くんがいた。手にはコンビニの小さな袋が…。


「何してんすか?」


何か言わなきゃいけないのに、少し迷惑そうに話す一馬くんを目の前にすると上手く頭が回らなくなる。


「…あの、律くんに一馬くんが熱で大学休んでるって聞いて…お見舞いに。」


「…帰ってください。」


そう言って私の方を少しも見ずに一馬くんが部屋の鍵を開ける。


「ご、ごめんなさい。急に押しかけて迷惑だったよね。…これ、簡単に食べられる物買ってきたからよかったら食べて。」


そう言って一馬くんの背中にスーパーの袋を差し出す。押しつけなのはわかってるし、一馬くんの態度を見たら彼の気持ちも明白だった。傷つけてしまったことへの後悔やこの現状のいたたまれなさで手が震えた。


「…はぁ。」


ドアノブにかけていた彼の手が止まった。ついには呆れさせてしまったとスーパーの袋を持っていた震える手を下げようとすると、彼の大きな手が私の手を掴んだ。


「…三崎さんが悪いんすよ。」


そう言うと彼は私の手を引いて部屋に入った。扉が閉まると同時に玄関先で彼に抱きしめられた。熱のせいか少し高い彼の体温が、私の緊張した身体を温めた。


「…すいません。ちょっとだけ、このまま。」


私の心臓の音、聞こえませんように!沈黙が続き少しすると、急に一馬くんの身体が重くなった。彼を見ると熱で苦しそうにしていた。


「か、一馬くん、大丈夫?ちょっと横になって休んだ方がいいよ。ベッドまで歩ける?」


靴を脱ぎ彼を支えて部屋に上がる。ワンルームながら掃除の行き届いた綺麗な部屋だった。一馬くんをベッドに寝かせて布団をかける。さっき買ってきた食材で簡単に食べれそうな物を作ろうと立ち上がると、一馬くんに袖をつかまれた。


「…ここにいてください。」


そうゆうと袖を掴んでいた手の力が抜けていくのがわかった。今寝たばっかりじゃ作ってもすぐに食べられないし、一馬くんがそばにいてほしいって言うなら。私は買ってきた冷えピタを出すと、そっと前髪をあげた。いつもは前髪で見えないおでこを出すと、少し幼く見えた。冷えピタを貼ると冷たさに眉間にシワが寄ったが、すぐに深い眠りについたようだった。



「…さん、三崎さん。」


ふと目を開けると隣に一馬くんが座っていた。気づくと一馬くんにもたれかかりながらいつの間にか寝てしまっていたのだ。時計を見ると16時を過ぎた頃だった。


「わ、私寝ちゃってた!」


ふと一馬くんの顔を見ると先ほどより幾分マシになっていた。目が合うと恥ずかしそうに一馬くんが俯いた。


「…三崎さんに会いたかった。」


一馬くんのことあんなに傷つけたのに、私に会いたいと言ってくれる。隣に座った彼から熱が伝わってきた。いつの間にか肩からは一馬くんのパーカーと、ひざにブランケットまでかけられていた。私には大きめなそのパーカーは一馬くんの匂いがして、さっき抱きしめられたときのことを思い出して少し恥ずかしかった。


「あ、あのときは連絡すぐに返せなくてごめんなさい。それから信じてって言ってもムリかもしれないんだけど、康介とは本当に何もなくて…。」


「…いや、俺の方こそ彼氏でもないのにあんな言い方して。確かに、康介さんがお見舞いに来てること嫉妬しました。でも三崎さんにとって康介さんは大切な幼馴染で俺より頼れる存在なんだと思います。」


そう言って彼が苦笑いをした。


「俺、もっと三崎さんに頼ってもらえるような大人になります。」


何かいつも一馬くんから一方的に言葉や気持ちをもらっているのに、私からは何も返せていない気がする。少しでも私の気持ちが伝わるならと、彼の大きな手を包み込んだ。


「こんな私にそう言ってくれるのは一馬くんだけだよ。…ありがとう。」


彼の目を見てそう伝えると、安心したように優しく微笑んでくれた。


「…お礼と言ってはなんなんだけど、今からお粥作ろうと思って…食べられる?」


朝からろくなものを食べてないという彼のために、早速今日買ってきた食材でパパッとおかゆを作った。食後に食べられるようにリンゴも少し切っておいた。


「熱いから気をつけてね。」


「ありがとうございます。何か風邪ひいてよかったかも…。」


食後に用意したリンゴも全部食べてくれ、一馬くんは薬を飲んで再びベッドに入った。窓の外を見るとピンク色の空とネイビーの空が相まって夜の訪れを予感させた。


「そろそろ帰るね。」


「…もう、帰るんすか?」


「え?」


「あ、いや、ダメですよね。三崎さん帰るの遅くなっちゃうし、いつまでも引き止めたら。」


不覚にも熱で弱っている一馬くんを可愛いと思ってしまう。いつもと違う無造作な髪型や、風邪のせいか少し掠れた声、何よりもここが一馬くんの部屋だとゆうことどれも特別な気がしてドキドキしている。


「えっと、じゃ…あと少しだけ。」


片付けを終え一馬くんのベッドへと近づいた。


「三崎さん、ありがとう。」


彼は薬を飲んだせいかうとうととし始めていた。しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきた。彼の寝顔を見届けるとアパートを後にした。


霧雨が降る中、私は一馬くんのことを考えた。あんなに真っ直ぐな気持ちに私はちゃんと応えられるのだろうか?そしていつか一馬くんが心変わりをしたとき、私はちゃんと受け止められるのだろうか?この霧雨のように先の見えない未来のことを、結論が出ないまま何度も問いを繰り返していた。

高熱ですがインフルエンザではないのでご安心を。一人暮らしで風邪をこじらせたやつです。にしても、今年もインフルエンザ大流行らしいので皆さんお気をつけ下さい(^^)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ