20話 大切な君
今日は仕事も休みで、気晴らしに午後から映画でも見に行こうかと思いのろのろと身支度をしていた。あれから数日が経ったが一馬くんから連絡が来ることは無かった。
きっとすごく傷つけた。もし自分が逆の立場で仲がいいからって一馬くんがアオイさんを連れてきていたら?私のお見舞いはダメで、アオイさんのお見舞いはよかったら?そんなことちょっと考えたらわかることだった。
一馬くんから連絡が来なくなって、初めて自分のしたことの残酷さに気がつくなんて。
「一馬くん…。」
ヴーーヴーーヴーー。
期待を胸に咄嗟にスマホを拾い上げると、着信には康介の文字が。
「もしもし?康介?」
「もしかしてまだ一馬くんと連絡とれないのか?」
私の声の調子で何かを察したのか、電話口の康介は私のことを心配しているようだった。康介は小さい頃から引っ込み思案で言いたいことの言えない私をいつも助けてくれた。高校は別々だったのに、たびたび電話をかけてきては私の話をたくさん聞いてくれた。どこか特別で親友とはまた違う、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなとか考えたこともあったっけ?
「康介はお兄ちゃんみたいだね。」
「おいおい、この間はお母さんで今日はお兄ちゃんて、俺はいつのまに奈央の家族になったわけ?」
少し不服そうなモノ言いがおかしくて笑ってしまった。
「ふふ、それだけ特別ってこと。」
すぐに突っ込まれると思ったのに、何故か沈黙が続く。
「俺も奈央のこと、ずっと特別だと思ってるよ。でも、家族だなんて思ったことは一度もない。」
いつもより真面目なトーンで話す康介に違和感を覚えた。
「あ、いたいた探しましたよ佐伯さん、この書類なんですけど…。」
電話口の向こうから仕事の話が聞こえてきた。
「すいません。電話中でしたか?」
「あ、大丈夫だから。ちょっと待ってて。」
その後少し話をして通話を切った。確かに康介は家族ではないもんね…。
ピンポーン
宅配かと思い急いでドアを開けると、そこにいたのは従兄弟の律くんだった。
「びっくりした!どうしたの!?」
「この前母さんに奈央姉のこと話したら、これ届けろって住所教えてもらった。」
律くんが差し出したのは、私が小さい頃から大好きなケーキ屋の紙袋だった。
「もしかして君が橋ロール!?」
「そうそう、奈央姉小さいときからこれ好きだったでしょ?」
1人では食べきれない量に、律くんにも食べるようすすめ2人でロールケーキをいただくことにした。大学のときはバイト代が入るたび通っていたケーキ屋だが、働き出してからはなかなか行く機会がなかった。懐かしい味に頬が緩む。テーブルにロールケーキと紅茶を並べる。
「奈央姉、結構いいとこ住んでんだね。」
律くんが感心しながらキョロキョロと部屋を見回した。
「一応社会人だしこれくらいのところには住めるかな。会社からの補助も多少あるし。」
「社会人かぁ、俺もあとちょっとで進路も考えないとなー。」
「律くんは野球でプロの話もあるっておばさんから聞いたよ。すごいね!」
律くんの進路の話や大学の話を色々聞いているうちに一馬くんの話も出てきた。一馬くんどうしてるかな?律くんになら聞いてもいいかな?
「そういえば橘の見舞い行った?」
「え?一馬くんどうかしたの?」
「あれ?橘から聞いてない?夕方奈央姉に電話かけた日あったじゃん、あの次の日から熱で休んでんだよ、あいつ。昨日見舞い行ったときはまだ37.5度くらいあったかなー。なんか急に降ってきた雨にやられたとかなんとか。」
「…私お見舞い行ってもいいかな?」
律くんに同意を求めている自分に驚いた。でも今しか一馬くんと話すチャンスはない。このまま連絡が来ないままってこともありうる。
「喜ぶと思うよ。なんやかんや奈央姉のこと本気で好きっぽいし。」
律くんに背中をおされ一馬くんのアパートに向かった。もしかしたらもう会ってくれないかもしれないけど、居ても立っても居られなかった。電車に乗り最寄り駅でおりると近所のスーパーで簡単に食べられる物を調達した。
「この辺かな…。」
律くんに教えてもらった住所をスマホの地図アプリで検索する。確か3階建ての白いアパート…ここかな?301号室…ポストを見ると橘の文字があった。階段を上り彼の部屋の前に立った。階段を3階分上ったからか、一馬くんがどんな反応をするのか考えたからか、とにかく心臓がバクバクいって今に口から飛び出してきそうだった。深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしたが、なかなか心臓はゆうことを聞いてくれない。
「…三崎さん?」
インターホンを押そうとしたとき、廊下の方から声をかけられた。
声をかけてきたのは一体誰なのか?
A.橘一馬
B.鈴木めぐる
C.伊東勇吾
D.蒼井友梨
E.村瀬さん