02話 イニシャルK
その忘れ物の傘には『K』のイニシャルがあった。あの日からすでに3か月が過ぎ、世間で言う『ビビッとくる』は当てにならないと溜め息がもれる。
「すっごい溜め息ね。」
「聞こえてました?心の声。」
休憩中、スタッフルームで机にうな垂れる私に村瀬さんが声をかけてきた。村瀬さんは私の2個上で、高校1年生の息子さんと二人暮らしと聞いた。とっても明るく可愛らしいこの人に高校生の息子がいるのも驚きだが、バツイチと言うのにも随分驚かされた。
「今日確か三崎さんお誕生日だったよね。おめでとう。ちょっとメイクも違うし、もしかして仕事終わったらデートかな?」
「デートだったら良かったんですが、残念ながら幼馴染とディナーです。」
幼馴染の佐伯康介はIT関連の会社に勤めている昔で言う『3K』だ。高学歴、高収入、高身長に加え認めたくないがいわゆるイケメンの類。幼馴染でなければ関わり合いにならない人種であると常々思っている。
仕事を終え待ち合わせの店に着く頃には、シトシトと雨が降り始めていた。6月とはいえ今日は雨のせいか少し肌寒く感じた。
「康介、お待たせ。」
私の声に気づきスマホをコートのポケットに入れるとこちらに近づいてきた。すると突然目の前に大きな薔薇の花束が差し出された。
「奈央、お誕生日おめでとう。」
ポカンと口を開けて固まる私を見て、康介はくくっと笑いをこらえている。
「奈央は期待を裏切らないわ。はい。」
私に花束を押しつけるとさっさと店内に入っていった。してやられた!康介はいつも私の『彼女扱い』に慣れてないことをいいことに反応を見て楽しんでいるのだ。
「誕生日に俺の誘いにのるってことは、相変わらず彼氏いないのか?」
「はいはい、いたら来ないよね。康介みたいにモテないので。それより今日は彼女よかったの?」
「大丈夫、大丈夫。今日は愛犬の誕生日祝いするって言ってあるから。」
「は?いつから康介の愛犬なわけ?」
「違うか、下僕だな。」
康介とは幼馴染で恋愛のレの字も出てこない関係だったが中学、高校のときは周りの女子にかなり羨ましがられた。最近ではお互い忙しく康介に会うのは半年振りくらいなのに、さすが幼馴染の空気は楽でいい。
コースもひと通り出た頃、ピアノの生演奏が今までのクラシックな雰囲気から『happy birthday』のメロディを奏で始めた。まさかと思い康介の顔を見るとニコニコと満面の笑みを浮かべている。
背の高いウエイターの男性が、一歩一歩キッチンから近づいてくる。その手には『happy birthday』と書かれたチョコプレートののった可愛らしいケーキが。
「こうゆうの本当に恥ずかしいんだけど!」
小声で康介に抗議するも全く聞く耳をもっていない。恥ずかしくなり少し俯いたとき
「お誕生日おめでとうございます。こちら当店よりサービスのケーキでございます。」
目の前にケーキが置かれ、お礼を言おうと顔を上げた瞬間、目に飛び込んできたのはずっと会いたいと思っていた彼だった。
奈央の誕生日に幼馴染・康介と訪れたレストラン。
運命ではないと諦めていた奈央の前に現れたのはあの日の彼。
次回、イニシャルKの正体が少しずつわかります。