11話 友だちから
雪兄と呼ばれるその人が私の顎に手を添えると、
「一馬は俺が彼女にキスをしても平気?」
「雪兄!」
「冗談だよ。そんなに怒るなって。でもそれがお前の気持ちじゃないの?」
叔父さんの登場で、変な展開になってしまった。気持ちを落ち着かせ話しかける。
「さっきはいきなり見苦しいところ見せてごめんなさい…。」
「いや、俺こそいきなりすみません!それから雪兄のことも。」
さっきから橘さんが落ち着きがないのは叔父さんに言われたことのせいだろうか?気分を変えようと話をふる。
「橘さんは今日も授業と部活だったんですか?」
「一馬です。」
一瞬何を言われたのかわからなかったが、これは名前呼びをすると言うミッションだと気づく。いきなりハードル高っ!!それでも先ほどの汚名返上のため!
「か、一馬くん?」
「…いいっすね。三崎さんに名前で呼ばれるって、なんか新鮮で。」
それから少しの間、他愛もない話をして料理を食べた。叔父さんにお礼を言い店を出ると、外は梅雨らしくシトシトと雨が降っていた。
「ちょっと歩きませんか?」
そう言って彼が傘を差し出す。もちろん天気予報もチェックしていたので自分の傘も持っている。これは傘に入れってこと…だよね。
彼の傘に入り2人で少し歩いた。空も街の雰囲気も梅雨特有の湿っぽい感じが、肌や髪にまとわりつく。
「…さっきのことなんすけど。俺、多分三崎さんのこと好きです。雪兄に言われたのも正直きっかけではあったけど、その前からずっと三崎さんのことしか考えられなくなってたんだと思います。」
「一馬くん…。」
「だからって今すぐどうこうなれるなんて思ってないし、これから時間かけてお互いのこと知っていくうちに三崎さんも俺と同じ気持ちになってくれたらいいなーって思う。だからとりあえず、友だちからよろしくお願いします。」
一馬くんは深々と頭を下げて私に手を差し出した。私は迷わず彼の手を取り精一杯の笑顔で応えた。
あの日から数日が過ぎ、一馬くんから練習試合を見にこないかというお誘いを受けた。なんでも『俺らしいところ』を見せるには野球が一番だということらしい。
今回は失敗しないよう、康介に相談するとアドバイスとともに同行の旨がつづられていた。絶対面白がってるな!そう思うと同時に1人で大学生の野球の試合とか公式戦ならまだしも練習試合とか絶対浮く…。それに康介も学生の頃は野球やってたし色々教えてもらえるかな??
とりあえず、一馬くんには了解を得なければ。お店でも一度会ってるし、大丈夫だよね。スマホを取り出し、当たり障りのない感じに幼馴染が来ることを伝えるとすぐに了承の返信が届いた。
週末、康介が運転する車に乗り練習試合会場である大学に向かっていた。
「何緊張してんだ?」
「緊張するに決まってんじゃん!大学だよ、一馬くんだよ!」
「あれ?いつの間に名前呼び?妬けるな〜。」
「ちょっと、茶化さないでよ!まぁ、それは、色々と、あれで…。」
「…ふーん。」
あれ?いつもならもっと絡んでくるのに。少しだけ違和感の残る康介の態度を不思議に思っていると、ようやく車は大学の校門をくぐり、グラウンド近くの駐車場に入った。
「三崎さん!」
車から降りるとユニフォーム姿の一馬くんが手を振りながら近づいてきた。康介に挨拶をすると、
「今日は来てくれてありがとうこざいます!もうすぐ始まるんでゆっくり見てって下さい。」
「たーちーばーなー!アップ始めるぞ!」
チームメイトに声をかけられ、一馬くんは急いでグラウンドに入っていった。あんな風に同世代の子と話してる姿はまだまだ大学生って感じがして少し子どもっぽい。
一馬くんと話していたピッチャーらしき長身の男の子がこちらを振り返ると目があった。
「あれ?…律くん?」
雪久の登場で一馬の気持ちが明らかに。しかし一馬は奈央も同じ気持ちであることに気がついていません。結果一馬の片思いに落ち着き、友だち関係からスタートすることになりました。
一馬は友だちとして、奈央の気持ちを尊重し精一杯大人な態度を取りますが、少なからず好きな人を誘って男つきっていい気はしていないはず。
一方康介は奈央のデート?に同行宣言。一体何を考えているのか…まだまだ謎がつきません。