酒場で情報収集
宿を出たレックスたちは、早速村の酒場に向かうことにした。ちなみに、レイチェルは質素な白のスカート丈の長い服を着ていた。レックスが宿の女将に頼んで譲ってもらったものだ。
流石のレックスも全裸の女を連れて歩くような物好きではないので、レイチェルの願いはしっかりと聞き入れたわけだが、
「あの……服をいただけたことには感謝しますが、なぜ首輪は付けたままなのですか? 仲間になったのだから外してほしいのですけれど……」
不満げな面持ちのレイチェル。
レイチェルの言葉通り、レックスは服こそ着せたが首輪はそのままにしてある。
おかげですでに日は沈みきったにも関わらず、道行く人の視線が嫌でも集まってしまい、レイチェルとしてはあまり気持ちのいいものではない。
「却下」
「どうしてですの!?」
「首輪を付けてるのは万が一にも逃げられないようにするためだ。もし逃げようとしても、首輪から伸びてる鎖はこっちが握ってるから問題ないしな」
「あなた、本当に私のことを仲間だと思っていますの!?」
レックスの掛け値なしのクズ発言に、レイチェルは悲鳴じみた声をあげた。
「もちろんだ。お前は大切な盾や――仲間だ」
「……今あなた、『盾役』と言いかけませんでした?」
「気のせいだろ。それよりほら、酒場に着いたぞ」
「ちょっと!」
明らかに話を逸らしたレックスに食ってかかるレイチェルだが、レックスは気にせず酒場の扉を開けて店内に入る。シルティもレックス同様に店内へ。
まだ文句を言い足りないレイチェルもレックスとシルティのあとを追う形で酒場に入った。
中に入ると、場は喧騒に包まれていた。騒ぎの元は席に着いている客の大半を占める屈強な体格の男たち。彼らは酒を片手に談笑していた。
「さ、酒場というのはこんなにも騒がしいものなんですの?」
「そうだな。大体どこでもこんなもんだ。お前酒場に来たのは初めてなのか?」
「え、ええまあ……」
レイチェルは何とも歯切れの悪い返答をした。
「…………」
レックスはそんなレイチェルの反応に怪訝な視線を向ける。
酒場というのは基本的に夜に賑わうものだ。理由は単純で、来る客の大半が仕事帰りだから。酒場というのは人の集まる場所ならどこにでもあるものなので、このことは酒の飲めない子供でも知っている。
知らない者がいるとすれば、それは酒場もないような僻地で暮らしていた世間知らず。もしくは貴族のような、酒場なんかには足を踏み入れることのない高い身分の人間。
思えば、レイチェルの着ていたドレスはボロボロでこそあったが、貴族などしか身に付けることを許させないかなり高価なものだった。
「まさかあいつ……」
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
「……いや、何でもない」
今考えても答えは出ない。レックスは思考を切り替えることにした。
「それじゃあどいつにしようかな……」
席にも着かず酒場内を忙しなく見回すレックス。そんな彼を不思議に思ったレイチェルは、彼に訊ねる。
「何をしてますの?」
「同業者探し」
「…………?」
レックスの言葉の意味が分からず、レイチェルは首を傾げてしまう。今度は妹のシルティに訊くことにする。
「ねえ、シルティ。レックスはどうして同業者を探してますの?」
「情報収集だよ」
「情報収集? こんな場所で何の情報が集まりますの?」
レイチェルは酒場内をぐるりと見回すが、いるのは柄の悪そうな男たちのみ。レックスが何の情報を求めているのか分からないが、あまり関わりたくはない連中だ。
「お兄ちゃんがほしいのは、ダンジョンに関する情報だよ。酒場はハンターが最も集まる場所の一つなんだ」
「へえ、そうなんですの。意外と考えていますのね……」
ただの鬼畜かと思っていたレックスに、少し感心してしまう。
そんなことを考えていると、不意にレックスの視線がある一点に止まった。
レイチェルもその視線を追う形である一点に目を向けた。
するとそこには、柄の悪い者しかいない酒場の中でも特に人相の悪い、犯罪者顔負けの厳つい顔立ちの男たちの集団がいた。
「よし、あいつらに訊くとするか」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」
厳つい顔立ちの男たちの元へ行こうとしたレックスの肩をレイチェルが掴んで呼び止める。
「何だよ? これから情報収集に行くんだ。邪魔するな」
「邪魔するなじゃありませんわ! あんな犯罪者みたいな方々から情報収集するなんて、あなた正気ですの!? 悪いことは言いませんから、やめておきなさい! 絶対ロクな目に遭いませんわよ!」
矢継ぎ早に言葉を並べて警告するレイチェル。しかし当のレックスはといえば、
「はあ……」
呆れたように溜息を漏らすのみ。
「あのな、レイチェル? 俺だってあいつらがヤバい連中なのはよく分かってるんだよ。分かった上で、あいつらから情報をもらおうと思ってる」
「な……!?」
絶句するレイチェル。しかしレックスは構わず続ける。
「けどな、いい情報を得るにはそれ相応のリスクってものがある。俺が見た限り、この酒場でまともな情報を持てるほどの実力のある奴はあいつらだけなんだ」
レックスはただ情報収集の相手を探すために酒場内の者を見ていたわけではない。酒場内の者が有力な情報を持つほどの実力者であるかどうか――つまり品定めも同時に行っていたのだ。
ダンジョンは常に命の危険が付き纏う場所。有力な情報ほど、持ち帰るには相応の実力が必要になってくる。実力の高い者ほど比例して有力な情報を持っているのだ。
「そういうわけだ。ほら行くぞ」
「ううう……そういう考えなら仕方ありませんわね」
あまり関わりたくなかったが、レックスに促され渋々と歩き出す。
三人が男たちの前まで行くと、男たちが訝しむような視線を送る。それだけで並の人間なら恐れ戦くところだが、レックスはそんなヤワな男ではない。
それどころかレックスは、彼らの陣取っていたテーブルの空席の一つに腰を下ろした。男たちがにわかに殺気立つがそれでもレックスの表情に変化はない。更には、
「おい店主。こいつらに一杯ずつエールを頼む」
酒の注文までする始末だ。
「あ、あなた何をしてますの!?」
慌てふためくレイチェル。しかしそんなレイチェルとは裏腹に、いつの間にか男たちの殺気は収まっていた。
「おい兄ちゃん。どういうつもりだ?」
男たちの中でも一際体格のいい男が口を開いた。レックスは、その者が恐らくこの集団のリーダー格だろうと当たりを付ける。
「あんたらハンターだろ? 実は俺もなんだ」
「へえ……それで? 同業者の兄ちゃんは、俺たちに何の用があるんだよ?」
「あんたらから、この村のダンジョンに関する情報を買いたい。さっきのエールはお近づきの印とでも思ってくれ」
実際のところ、酒を奢ったのは相手の心証を良くするためだ。交渉にはこういった目に見えない細かいことが重要になってくる。
「情報ねえ……当然タダじゃやれねえ。ほしけりゃ対価を出しな」
「対価か。何がほしいんだ?」
「そうだなあ……」
リーダー格の男が顎に手を当てながら思索に耽る。しばらくは当てもなく空中を眺めていたが、やがて視線をレックスに戻した。
「ならそこの胸のデカい嬢ちゃんを一晩貸してくれ。そしたら、こっちの持ってる情報は全部くれてやるよ」
リーダー格の男、そしてその仲間たちが下卑た笑みを携え、レイチェルに視線を注ぐ。
「ひ……ッ!」
獣に等しい卑しい視線を受け、レイチェルは身震いする。女なら当然の反応と言えるだろう。
そんな彼女を尻目にレックスは、
「よし分かった。その条件でいこう」
あっさりとレイチェルを売った。
「おいこら。ちょっと待ちやがれですわ」
当然許容できるはずもなく、レイチェルは抗議する。
「何だよ?」
「何だよ? じゃありませんわ! 私は仮にも仲間なんですよ!? あなた、あんな獣欲丸出しの男たちに私を貸し出すなんて正気ですの!?」
「仲間だからこそ、助け合いが必要だとは思わないか?」
「あなた、助け合いという言葉の意味をご存知ですの!?」
悲鳴じみた声があがる。レイチェルはレックスがクズであることを再認識した。
「全く。俺が何のためにお前を仲間にしたと思ってるんだ?」
「……まさかこんな時のためとは言いませんわよね?」
「よく分かってるじゃないか。その通りだ」
「見下げ果てたクズですわね!」
この男の仲間になったのは失敗だった。そう悟るレイチェル。
「じゃあ、これで契約成立だな。そこのバカは明日の朝に返してくれればいいぜ」
「オーケー。いやあ、兄ちゃんが話の分かる奴で安心したよ」
怒るレイチェルを他所に笑いながら握手をする二人。レイチェルの目には、彼らが悪魔にしか見えない。
話はこれで終わりかと思われたが、そこでリーダー格の男に手下の男が後ろから声をかける。
「な、なあリーダー。俺はその巨乳ちゃんよりも、隣にいる小さい女の子の方が――げぶら!?」
男は最後まで言い終える前に、顔面に拳を叩き込まれて後方の壁に吹き飛んだ。下手人は、鬼の如し表情のレックス。先程までの笑顔はどこへやら。
「て、てめえ何しやがる!」
レックスの突然の奇行に激昂するリーダー格の男とその仲間たち。対してレックスは、
「それはこっちのセリフだロリコン共! てめえら、よりにもよってウチの可愛い妹に手を出そうとするとは、余程死にてえらしいなあ!」
そう吠えてレックスは男たちに飛びかかった。
――結論から言うと、交渉は失敗した。
理由は単純。シスコンの怒りに触れたから。
男たちにとって不幸だったことがあるとすれば、レックスの腕っぷしが異様に強かったこと。そして彼がシスコンだったこと。
まさか倍近い体格差があるのに一方的にボコボコにするなんて、いったい誰が想像できただろう?
最終的に男たちは全員全治二ヶ月の重症を負うのだった。