少女は目を覚ます
「――きろ」
少女の肩が揺すられる。
「うう……じいや、あと三分だけえ……」
「意味の分からないこと言ってねえで、さっさと起きろ!」
「ンごふッ!?」
少女は腹にとてつもない衝撃を受け、飛び起きる。
「い、いったい何ですの!?」
少女は腹を押さえながら叫ぶ。
「やっと起きたか」
目を覚ました少女の前には、シワだらけの白シャツと黒ズボン姿の少年が佇んでいた。
「あ、あなたはいったい誰ですの?」
少女は名も知らない少年に警戒心を露にする。
「おいおい、冷たい奴だな。命の恩人に対して、その言い草はないんじゃないか?」
「命の恩人? あなたは何を言って――」
「誰がお前をダンジョンから連れて帰ったと思ってるんだ?」
少年の言葉に、少女は目を丸くした。
「あなたが私を……?」
「そうだよ。ダンジョンでぶっ倒れてたから、わざわざ村の宿まで運んでやったんだぞ」
「あ……」
そこでようやく、少女は自分の身に何が起こったのかを思い出した。
いきなり足元が消えたかと思えば、そのまま落下して意識を失ったのだ。
そして現在、木造の部屋のベッドの上で寝かされていたことから、少年の言葉が真実であることは、容易に想像できる。
「その……助けてくれたことには感謝しますわ」
「ああ、気にすんなよ。俺は当然のことをしただけだ」
少年は人のいい笑みを作る。助けたことを恩に着せない少年に、少女は好感を覚えた。
「さてと、目が覚めたのなら行くか。お前……ええと、名前を聞いてなかったな。俺はレックス。ハンターをやっている」
「私はレイチェルと言いますわ」
「そうか。じゃあレイチェル、今からちょっと行く場所があるから、お前も付いてこいよ」
「どこに行きますの?」
場所を訊ねると、レックスの顔から先程までと同じく人の良い笑みを浮かべながら、
「奴隷商人にお前を売りに行くんだよ」
「はあ……?」
耳を疑いたくなるようなことを言った。
しかしレイチェルはすぐに冷静さを取り戻すと、鋭い視線でレックスを射抜く。
「どうして私が奴隷商人に売られるんですの!? 意味が分かりませんわ!」
「うるせえなあ。さっさと来いよ」
「い、嫌ですわ! 誰があなたの言うことなんか――ぐえ!?」
抵抗の姿勢を示そうとしたレイチェルだが、首の辺りを何かに引っ張られるような衝撃が襲った。
おかげでレイチェルは、潰れたカエルのような声を上げてしまう。
「いったい何なんですの……!?」
原因は何なのか、首のところを確認してすぐに分かった。
首に鉄製の首輪が巻き付いていたのだ。更に首輪から伸びた鎖は、レックスが握っている。
端から見れば、もう立派な奴隷とご主人様だ。
「どうして首輪が――って、何で私は服を着てませんの!?」
毛布に隠れていて分からなかったが、レイチェルは生まれたままの姿だった。
「ダンジョンで見つけた時点で服はボロボロだったから、脱がせておいたぜ」
「脱がせたなら着せるまでしなさい! なぜ、脱がせたところで放置しましたの!?」
「俺の趣味だ」
「最低ですわ! あとそのドヤ顔はやめなさい! 無性にイラッとしますわ!」
ギャンギャンと、やかましい小型犬のように吠えるレイチェル。
「大体、どうして私が奴隷にならないといけませんの!? 助けてくれたことには感謝しますが、そこまでする義理はありませんわ!」
「おいおい。お前、それ本気で言っているのか?」
レックスは呆れたように肩を竦める。
「ダンジョンにはな、一つだけ絶対に守らなくちゃいけないルールが存在するんだよ」
「絶対に守らなくちゃいけないルール……?」
聞き覚えのない言葉に、レイチェルは首を傾げる。
「『ダンジョンに落ちていたものは最初に拾った人の所有物になる』だ」
このルールは、ハンター同士で財宝の取り合いを防ぐために作られたもの。
これがなければ、ダンジョンは財宝を奪うために常に血の滴る殺戮現場になっていただろう。
「つまり、お前は俺の所有物というわけだ。何せ、俺が拾ったものだからな」
人をもの扱いするレックスに、レイチェルは目を剥く。
「あなた、人権というものはご存知ではありませんの!?」
「人権? 何それ、食えんの?」
「こ、この男……!」
レイチェルは眩暈を覚えると共に、レックスという男がただのクズだと認識する。
「そろそろ行くぞ。お前、結構可愛い上に胸もデカいからなあ……いくらで売れるか楽しみだ」
品定めでもするような瞳をレックスはレイチェルに向ける。
「嫌ああああ! 誰か助けてええええ!」
レックスの言葉が本気であることを悟りガチャガチャと鎖を鳴らして抵抗するが、首輪があってはどうにもならない。
レックスが鎖を握る手に力を込め、ベッドから無理矢理引きずり出される。
レックスは鎖を引いて全裸のレイチェルと共に、部屋の扉に向かう。
「せめて服を、服を着させてほしいですわ!」
まさか生まれたままの姿で外へ出させられるのかと思い懇願するレイチェル。しかし、
「諦めろ」
レイチェルの懇願は届かない。
「そんなあ……」
レイチェルが途方に暮れていると、部屋の扉が開かれた。
「お兄ちゃん、今帰ったよ――って何してるの?」
部屋に入ってきたのは、十二、三歳の愛らしい顔立ちをした白髪の少女だ。
ピンクを基調とし、白のフリルが上着の裾やスカートに大量にあしらわれた服を着ている。
「おお、帰ったかシルティ。今丁度、この女を売り飛ばしに行こうとしていたところだ」
「あー……残念だけどお兄ちゃん、この村には奴隷商人はいないみたいだよ?」
「え……マジか」
「うん、マジだよ。ダンジョンの情報収集ついでに村を見て回ったけど、どこにもそれらしい人はいなかったよ」
二人の視線がレイチェルに集まる。
「な、何ですの? 二人して私を見て……」
「……ダンジョンに捨てるか」
「そこは普通に解放すればよろしいのではなくて!?」
命の危険があるダンジョンに、全裸の女を平気で捨てようとするレックスに、悲鳴じみた声を上げる。
「待ってよお兄ちゃん。流石に捨てるのは可哀想だよ」
レックスの案に不満を示したシルティ。
そんな彼女を、レイチェルは思わず見る。
もしや、兄の愚行を止めて自分を助けてくれるのではないかと希望を抱くが、
「ここから少し歩いたところに酒場があるから、そこで身体でお金を稼いでもらおうよ」
レックスを兄と呼ぶだけあって、発想は同じくらいえげつない。
「おお、いいなそれ!」
「どこがですの!?」
レイチェルが叫ぶが、悲しきかな、この場に彼女の味方をするものは一人もいない。
「よし、それじゃあ行くとするか」
「この人、おっぱい大きいから結構稼げそうだね」
「そうだな。いやあ、いい拾いものをしたな」
一人の少女の身体を金のために売り払おうとする兄弟。紛れもないクズだ。
このままでは本当に身体を売らされてしまう。そんな危機感を覚えたレイチェルは、
「と、取引をしませんか!?」
そう申し出た。