転移するとき、何を持っていきますか。俺ならポテチとコーラです。
「再生回数、76回か」
俺はパソコンで、投稿した自身の大食い動画の再生回数を確認してため息をつきながら独り言を呟く。
「やっぱり無理なのかなー。もうすぐ失業保険も切れるってのに」
俺は他の有名な投稿者様達の大食い動画を眺める。
「この人、すごい再生回数だよな。可愛くて痩せてる女性が、たくさん食べるっていうギャップいい。そこが人気なんだろなー」
俺が眺める投稿動画に映る女性が、パクパクと大皿にのる山盛りに積まれたピザをあっという間に食べていく。
「見せ方もうまいよなー。積まれたピザってのがまずインパクト、あるな──食べるごとに違う種類のピザが出てくるから、見ていて面白い」
その女性投稿者についたコメント欄に目を通していく。
「コメントの半分は可愛いってのが占めてるか。後は──どこにそんなに入るのっていう感じのコメントが多い、と」
俺は改めて、自分の体を見下ろしてみる。
そこには、豊かに膨らんだお腹が広がっていた。
「食べてる量なら他の投稿者に負けてないんだけどな。それだけじゃ再生回数伸びないんだよなー」
改めて俺は自分の投稿した最新の動画を再生してみる。
動画のタイトル、『コンビニのポテチを食べ尽くしてみた』をクリックする。
再生される動画。
まずはテーブルいっぱいに積まれたポテチの袋が、引きで映る。
その後、早送りで袋をあけ、家に有る限りの皿にポテチを山積みに積んでいく様子。
後はひたすら画面に登場した俺がポテチを貪っていく。
顔にはドン○で買った豚の被り物。インパクト勝負で用意したけど全く反響がなくて。でも、勿体なくて被り物続けているやつ。もちろん口元はハサミでカット済み。
動画の途中で飽きないようにこまめにセリフも挟んでいる。
十分弱に編集した動画の再生が終わる。
「コメントもつかないし、何がダメなのかな。もう、何がよいのかもわからなくなってきた」
俺は再びため息をついて、パソコンをシャットダウンする。
「このままだと大赤字だよ。あーあ、お腹の空いたし、ポテチでも買ってこよう」
俺は自分の動画のポテチを見ていて、食べたくなる。
上着だけ羽織り、夜の町にくり出すと、近所のコンビニに向かった。
コンビニにつき、カゴいっぱいのポテチとコーラをレジで精算する。
「ポテチにはコーラが最強ー」
ウキウキとそんなことを呟きつつ、コンビニから一歩踏み出す。
一瞬の、浮遊感。
気がつくと、そこは見知らぬ森の中だった。
「えっ、どこ、ここ?」
俺は急いで後ろを振り返る。
そこには当然俺が出てきたコンビニがあるはずだが、後ろにも森が広がっている。
辺りは明るい。
「さっきまで夜だった、……よな?」
自分の体を見回す。服装に変化はなし。右手にはポテチがパンパンに詰まったコンビニの袋。左手にはコーラの入ったコンビニの袋。
足元はいつものスニーカー。
今、立っている場所は、他よりかは草が少ない。獣道みたいな道が左右に続いている。
「なんだこれ、どっきり? まさか、今ネットで流行りの異世界転移?」
俺は思わず途方にくれる。
なんだかお腹回りに違和感を感じる。
「お腹が痛い訳じゃないけど、なんか変な感じがするような?」
袋を下ろし、両手でお腹をさする。
「こんな訳のわからないところで、お腹を下すとか致命的だよ。困ったなー」
そんな弱気な発言が思わず漏れる。
痛くはならないが違和感は相変わらず続いている。お腹の違和感に気をとられていたのだろう。背後の茂みが揺れる音に気づくのが遅れる。
「えっ、何の音?!」
場合によっては致命的なまでに遅く、それでも重たい体で最大限急いで振り返る。
大きくなる茂みの揺れ。
かざがさと音を立てながら、茂みからはガリガリに痩せ、ぼろぼろの服を纏った子供がフラフラと出てきた。
ガリガリの子供と目が合う。
驚き見開かれる子供の瞳。
そのまま子供は足をもつれさすと、その場でうずくまるように倒れこむ。
「えっ、おっ──あ!」
俺は驚きすぎて、言葉にならない。
倒れこんだ子供はまったく動く気配がない。
俺はそっと近づく。遥か昔に習った救命講習を記憶の片隅から引きずり出し、重い体を折り曲げ、側にしゃがみこむ。
子供はうつ伏せに倒れたまま。
近づくと、茶色のパサパサの髪。ガリガリの首筋が見える。
そっと肩に手をかけ、声をかける。
手のひらに伝わる、骨と皮だけのような脆さに、おっかなびっくり、肩を叩く。
「もしもし、もしもし。聞こえるか?」
身動ぎするのが伝わってくる。
ハッとして、耳を子供に近づける。
子供の囁くような声が聞こえる。
「た、食べ物を……」
こんなにガリガリだし、遭難か何かしたのかと一人納得。急いで先ほど手放したままのコンビニの袋を急いで持ってくる。
「おい、食べ物と飲み物だ。起き上がれるか?」
子供に声をかける。
「動けなぃ……」
囁くような返事。
仕方なく、再度コンビニの袋を地面に置くと、ゆっくりと子供をひっくり返す。
ガリガリに痩せていても、こども一人というのは案外重くて。ひーひー言いながら何とか仰向けの状態にする。
ガリガリに痩せ、目ばかりがギョロギョロと大きく見える子供の顔が僅かにこちらを向く。
「待ってろ。飲み物、あるから!」
俺は急いで1リットルのコーラのペットボトルの蓋を開ける。
「このままじゃあ飲ませられないよな……。頭持ち上げるぞ」
ガリガリの子供にそう声をかけると、そっと頭の下に手を差し込み、ゆっくりと持ち上げる。
──お、重い。腕がプルプルする。
何とか頭を持ち上げ、そっと口元にペットボトルの飲み口を近づける。
子供は何故か怯えるようにコーラを凝視しながらも、口にペットボトルがつくと諦めたかのように目をつむる。
一口飲んで、見開かれる子供のまなこ。
そのまま貪るようにコーラを飲み始める。
「あ、そんなに急ぐとむせ……」
俺が注意するまもなく、ビクッとしたかと思うとむせだす子供。
ひとまずペットボトルを取り上げ、蓋をしてそこらに転がしてから子供の背中をさすってやる。
「炭酸なんだからそんなに急いだら、むせるって。大丈夫か?」
咳き込んで、とうてい答える余裕はない様子。
しばらくさすり続け、ようやく落ち着いた様子の子供は体を起こすと何故か地面に正座し、こちらに頭を下げながら話し始める。
「魔導師さま。あんなうまい飲みものをありがとうございますです。おら、あんな甘いもの初めて飲んだです」
視線は物欲しそうにペットボトルに釘付けの子供。
「あ、ああ、もう少し飲んでもいいよ。ゆっくり飲みな」
「ホントに! やった! です」
ペットボトルに飛び付く子供。
蓋が空かずに苦労してるようなので代わりに開けてあげる。すると、その子供は今度は慎重に、しかし喉をこくこく鳴らしながら、一心に飲み始めた。
その表情は蕩けそうなほどに甘く弛み、自身で言っていたように甘いものを初めて飲んだかのようだ。
「て言うか、魔導師様って何? 俺のこと? だいたい、ここどこだよ」
そんな俺の呟きはコーラに夢中の子供には届かず、宙へと消えていった。