絶世の美女
近くで俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。とても、綺麗な声で名前を呼ばれている。
ああ…俺は電車を待っていて、いきなり刺されて…って事はここは病院か?看護師の声?混乱していると「桐山雅さん。起きてください」耳元で囁かれ、飛び起きると俺は目が飛び出るかと思うくらいに見開いた。
「やっと起きてくれましたね…」そう微笑みながら言う目の前にいる女性は、今まで生きていた人生で見たことがないほどの絶世の美女。盛りすぎだと言われても、これは盛り足りないくらいだ。白い肌に白いドレスだろうか…とりあえず、とんでもない美人なのだ。俺はもう開けっ放しの口を閉じる事も忘れ、見惚れていた。すると、また名前を呼ばれ我に返る。
「突然の事で混乱しているのもわかりますが、お話をさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「はっっ!!!!あ、あの…ここはどこですか?!」
話を遮ってしまうほど雅はパニック状態に陥っていた。
周りを見る限り、病院ではないのは確かだ。キョロキョロと辺りを見渡しても真っ白で、あるといえば俺と絶世の美女が座っている豪華な椅子くらいだ。病人を椅子に座らせる病院なんてあるわけがない。
「ここは人間界で言う天国…ですね。」
「天国って…え、俺死んじゃったんですか…?いやいや、冗談にしては笑えないっすよー!!あっはっはっは!!!」
無理に笑って、ご機嫌を取ろうとしたが絶世の美女はそれはもう複雑そうな表情で下を向きながら「…残念ながら」と俺にギリギリ聞こえるくらいの声で言った。
「え。マジですか」
「マジです」
「夢とかってオチじゃ」
「夢じゃないです」
「三途の川渡る前とか…」
「もう渡りきってしまいましたね」
「マジかよ」そう言いながら雅は椅子から前に崩れ落ちた。
嘘だろ、これから彼女作りまくりモテまくりちやほやされまくりの大学ライフをスタートするはずだった日に人生を終了させたのか?
「辛すぎるだろ!!!!!!!」
思い切り床をバシバシと半泣きで叩く。
「お気持ちはお察しします…ですが、そんな方を導くお仕事をさせていただいているのが私、女神なのです。」
「女神…?」
「はい、女神です」
目を細めて、数秒間動きが止まる。そして数秒後、絶世の美女だと改めて納得した。
「そりゃあ、生まれて初めて見る美人なわけだ」
「えっ…あの…雅さん?」
「はいはい、なんでしょう。女神さま」
効果音がつくならばキラキラとさせながら、朝死ぬ前に鏡の前でキメてきた顔を早速披露し、格好良く言う。これはキマッた。俺の満足気な顔とは逆になんとなく女神様は引いているような気がするが、気のせいだろう。
「本題に入らせて頂きますね」と困った顔で咳払いをする姿も麗しい。大好きだ!!!!
「それでは、まずアナタは新しい生活をスタートする日の駅で歪んだ愛情を持ってしまった女性に包丁で刺されてしまいました。」
「脇腹に刺されたやつか」俺が思い出した事を口にすると女神様はまだ話の途中だと言わんばかりに睨まれ、その目つきが若干俺の妹と似ていて素直に口を噤む。
「その後、周りの方々が救急車を呼び病院へと搬送されました。」
なんだ?この話の流れから俺は助かっている風だぞ。疑問を持ちながら聞いているが、微かに女神さまが震えているのに俺は気がつかなかった。
「ここからがおそろ…コホンッ…とても重要なのですが」
「今恐ろしいって言おうとしましたよね」
「アナタは一命を取り留めましたが、意識がまだ戻らず二日程ベッドで寝たきりだったのです」
「まさかの助かっている」
「その日も家族が面会の時間が終了と言われ荷物をまとめ…病室から出て行きました。」
「なんだか段々話し方が怖くなってきたんですが」
「そして、病院の消灯時間。看護師の見回りを避けながらアナタの病室に一歩…一歩と近づいていく1つの影。」
「事件の匂い漂わせてくるな!!!?」
「病室に入る時もそれは見事なまでの静かさで、ベッドで横たわっている意識のない無防備なアナタを見下ろしながら『雅…今度はちゃんと失敗しないからね』そう包丁を心臓に一突きされ!!!!!!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「この世に来てしまいました」
「なにこれ!!こっわ!!!!話し方もだけど女神様の嬉しそうな顔こっわ!!!!」
すごい感情込めて話すし、人が死んだって言っているのに最後嬉しそうな顔をするなこの女神様。
しかも、この話は俺の身に起こった話だ。余計に恐怖が倍増する。
「お葬式には沢山の人々が来ておりました…とても…賑やかで」
俺は人気者だったか…賑やか?何故、葬式で賑やかと言う単語がここで出てくるんだ。
「何人もの女性が口論と暴力沙汰を起こすというお祭り騒ぎ状態のお葬式でした」
「ちょいちょい単語がおかしい気がするんですが?」
「とてもイカれたお葬式でしたね、初めて見ました。あのような光景。」
「そしてどんどん口が悪くなっていってますけど!?」
それにしてもいくら俺がリア充生活を満喫していたからといって、そんな女性問題なんて起こすほどのことをした覚えはない。
「俺はそんな覚えっていうか…記憶がないのですが」
「勿論です、アナタの知らない所で問題は起きてましたからね」
「知らないところなら仕方ないか」
「仕方のないことです」
「んなわけあるか!!!!!なんだ!?知らないところって!!!!」
「熱狂的なファン…でしょうか。とりあえず、アナタに好意を寄せる女性が多数おりまして。」
「それは知ってます」
「チッ」
なんだか、今、絶世の美女女神様から聞いてはならない音が聞こえた。
「その女性たちの殆どが歪なまでに狂った愛を持ち、ストーカーと言う極めて理解しがたい行動を取り、後を付けたりゴミ袋から鼻かみティッシュ…何に使うのなんて思いながら見てましたが、そんな女性が多かったのです。他も見ていてだいぶ具合が悪くなりましたが」
「じゃあ、なんで見てたんだ」
「なんで?…それは面白さを求めてたからよ!!!!!!」
両手を上に挙げながら、一筋の光に照らされて言う言葉じゃないだろう。死んだ目で女神様を見る。
それにしても聞く限り、本当に震え上がるくらいの話だ。みっちーの言っていた噂とはこの事だったのか。女の子は大好きで大歓迎だが、ここまで酷いと…流石の俺もトラウマレベルに到達しそうだ。
先ず、好きすぎて殺しに来るってどういうことだ。その女の頭はどうなっている!?
「俺の美貌もここまで来ると罪深いな…」
「気持ち悪…ごほっごほ!!!!おめでたい頭ですね」
途中で止めたと思っているのだろうけれど、思いっきり言っていたし聞き取れてしまったが本当にこの人は女神様なのだろうか。しかも、言い直して余計に悪口がどストレートになったぞ。
「と言うか!!その女どうやって警察から抜け出してきたんですか!!!!」
「話を聞いていた人が席を外したのを見計らって抜けたようですね」
「警察のセキュリティがばがばかよ!!!!」
「だけど責めないであげてください」
「いや、そのせいで尊い命が一つ失ったんですよ」
「元はといえば原因を作ったのはアナタなのですから」
「そんなこと言ったって!身に覚えな…んて…な…」
思い返せば、話しかけられるたびに適当に返事したりしてたら、いつのまにか付き合ってたって言うのが何度かあった。それで修羅場っぽい場面もあったような気もしたが、よくわからず女だけを残して放置という状況も多々あった。
ダラダラと滝のように汗が流れ出てくる。
「覚えがあり…過ぎて…」
「そうでしょうね」
「だけど!!!!って…え…」
下に向けていた顔を再び上げ、女神様を見ると小さな天使?のようなものがふよふよと浮かびながら煙草に火を付けさせ、吸っている姿が視界に映った。何度目を擦ってもその衝撃的な光景しか俺の眼球には映らない。
ヤンキーですか、急に面倒になったのか態度激変で正直ビビってます。最初と随分と印象が変わってきているが大丈夫なのだろうか、この女神様は!!!!!二重人格だろう!!!
「ふー…それで、提案なのだけど」
「提案?」首を傾げる雅。
「天国か地獄に導かなければいけないのです、まあ地獄寄りですが」
「なんでですかね!?!?!?被害者っすよね!?俺!?」
「今回は被害者だけど、罪もない女の子たちに被害を及ぼした加害者の方が大きいのです」
「わあ…何にも言えない」
地獄って何。何されちゃうの俺。舌とか抜かれたり?マグマみたいなドロドロの熱々したものが入っているやつに無理矢理入れられて、煮られたりされちゃうのかな?嫌だ!!!!
転げ回りながらそんなことばかり考え、行き着いた答えは
「痛いのは嫌です!!!!!!!」できる限りの全力で大声で叫んだ。
「ですから、提案なのです。異世界に興味はありません?」
「痛いのじゃなかったら、もうなんでもいいです」
「そうですか!」
一気に女神様が笑顔になる。嫌な予感がしたが、もうこの際、地獄以外ならなんでもいい。
「だ、だけど!異世界ってどういう…うええ!?!?!?」
質問の途中だというのに雅の周りが急にまぶしい位の光に包まれ始めた。
「ちょ!!!女神様!?!?女神様あぁぁぁぁ!!!!!?」
こんなにも叫んでいるのに俺に全く見向きもせず、女神様は何か祈りを捧げながら、呪文を唱えている。
「それでは桐山雅さん。とても退屈な時間を過ごしていた私に少しの面白さを見せていただけたお礼に異世界に行っても困らないよう力を授けました。」
「待って!!!?待って下さい!!!その力って何!?てか、どういう世界とか力の内容とかもっと詳しく聞きたいんだけど!!!!!」
「それでは良い異世界生活を…私、女神はいつもアナタの事を見守っています」
さっきまでのファンキー感が皆無のようで幻でも見ていたんじゃないかと疑うくらいだ。
そして、俺の話は案の定
「無視ですか!!!?ちくしょおおおおおおおおおお」
体が宙に浮いて逝っている中、それはもうにこやかな笑顔で手を振る女神様が小さくなっていくのを見続け「もっと話したかったああああああ」叫びながら俺の意識はまた途絶えた。