前日(1)
いよいよ、明日は本番である。
前日という緊張をも上回る疲労過多のおかげで私はぐっすりと眠ることができた。起床は午前十一時…長閑な緑と心地良い風に満ちており、晴れ日和が私を包み込んだ。
「フィー」
部屋で着替えていると、ノックと共にシュクジン先生が来訪した。
「これ、今朝の新聞」
無造作に渡された薄っぺらい紙。広げてみると、何と一面に私の顔が載っていた。
「これって…ランク付け?」
「そうよ。決勝に進んだ十六人をランク付けしているの。優勝候補筆頭は三名…君と、ファラと、そしてゴードン…」
「ゴードン…」
「更に言えば、ファラはまだ体の麻痺が残っているから出場できない。つまり、フィーとゴードン、二人の一騎打ちとなるね」
「他の十三人は考慮外なんですか?」
「いいんだよ。ダークホースにすらなれない」
先生はそう言い残した。よく見ると、そこにはイシュの名前もあった。
「私は明日のことで色々と仕事がある。だから明日までは会えない…フィー、頑張りなよ!」
「はい!」
先生と私は拳を突き合わせた。そして
「勝ったら…らあめん行こう!」
先生は高らかに言った。
「らあめん、じゃなくてラーメンですよ」
「…細かいことはいいの。フィーは明日のことだけを考えておきなさい!」
「はい!」
○
「フィー」
廊下を歩いている最中に、私は薔薇の声を聞いた。
「…レア先生!」
「どう、調子は」
「よく眠れました」
「あら、意外ね」
レア先生は微笑みを浮かべた。
「フィーのことだから、きっと緊張していると思ったんだけれど…そんなことはなかったのかな?」
「緊張よりも、疲れですね」
「なるほど!」
レア先生は相槌を打つと、白衣を整えながら
「思い切ってやりなさい。怪我しちゃうくらい大胆に舞いなさい。たとえ怪我しても私が治してあげるから…私に治せない怪我はないから」
にんわりと笑った。薔薇の棘のような強さと、今日の陽だまりのような優しさがあった。
「はい!」
○
「フィー!」
保健室を訪れると、ファラがいた。
「体は大丈夫なの?」
「いいや…まだ少し痺れてやがるの」
ファラは顔を曇らせた。少しの間俯いて何かを考えていたようだが、しばらくの後にまた顔を上げて
「私は明日、強行出場を考えているの。でもそれが叶わなかった時は、私の分まで…頑張ってくれる?」
そう訊ねてきた。
「勿論!…とは言い切れないかなぁ」
「どうして?」
私は答えた。
「だって、ファラは出るんでしょう?」
訊ねると、ファラは笑った。
「私がこんなことで諦めるわけないでしょう?」
「そうだね、だってファラだもの」
私は続けて言った。
「明日…頑張ろうね」
「ええ、負けないよ?」
「勿論!」
○
「よ!」
食堂で昼御飯“竜の親子丼”食べていると、私は後ろから肩を突かれた。
「イールさん、トウヤさん!」
その正体は、例のコントラストな兄弟だった。
「さん、は無くていいよ」
イールはニヤニヤと言った。
「女性からは、できれば名前で呼ばれたいからね」
「兄さん!」
イールもトウヤも、相変わらずである。だが、その在り来たりな光景が微笑ましい。
「二人にはとてもお世話になりました。感謝します」
「いやいや、まだ早いよ」
私の誠意に対して、イールは首を横に振った。
「フィー、そういうのは終わってからだ。今やっちゃいけない」
「…はぁ」
「じゃないと、幸運が逃げちゃう」
幸福が逃げちゃうとは…トウヤはやはり横で呆れていた。でも、今回はまだ分かりますい。少なくともタペヤラァルコアトルス…?よりかはね。
トウヤが口を挟んだ。
「とにかく頑張ってね。僕は予選落ちしちゃったけれども…」
「ええ、合点承知よ!」
○
「フィーさん!」
食事後に話しかけてきたのはユン君だった。傍らにはランちゃんも一緒である。
「頑張ってくださいね!」
その熱意のこもった目には謎の力があり、できれば目を逸らしたいと思った。しかし、ここまで来て目を合わせないのはあまりにも失礼だ…そう思って私は踏ん張った。
「頑張るわ!」
「はい!僕たちはいつでもフィーさんの味方ですから」
「心強いね…任せといて!」
昼御飯を食べ終わり、私は竜堂へと赴いた。
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