毒の刃
私とシュクジン先生は急いで保健室へ辿り着いた。しかし、慌ただしくドアを開けたところ
「入らないで!」
と、レア先生の怒号が飛んできた。何が起きたのか全く分からない…広場にいる生徒も“何だ何だ何をしたんだ”という疑いの目で私たちをジロジロと見ている。
「…おまたせ」
レア先生が保健室から出てきた。
「ファラは⁉︎」
レア先生は気の病んだ顔で
「毒よ」
と言う。
「…毒⁉︎」
シュクジン先生は驚愕した。勿論私も。
「ちょっと…周りの生徒が聞いちゃうでしょ!」
「ああ…悪かった」
「とにかく、厄介な感染症じゃなかったのが不幸中の幸いね…勿論、ファラにとっては厳しいけれど」
「…とりあえず、ファラのお見舞いを」
「ええ勿論」
私は一言も喋ることができなかった。だが、ファラが毒に…そんなの、もう答えは一つじゃないか⁉︎
レア先生と共に保健室に入った。白い壁に囲まれた無音の部屋が、とても寂寥な雰囲気を漂わせている。外の生徒のガヤが次第に大きくなる中で、私たち三人は顔を真っ赤にして苦しんでいるファラを見た。
「はぁ…はぁ…」
ファラは私たちを炯々とした目で見つめた。思わず、そんな目でこっちを見ないで!…と叫びたくなるくらい、悲痛な光景であった。ファラは真っ赤な顔、大量の汗をかきながら喘いでいた。私は…何もしれやれなかった。
「ファラが倒れたのは昼の十二時頃、丁度君たちが竜堂にいた頃よ。ファラは朝九時頃に朝食を食べた後にフィーを起こして、イシュに会いに行っていた。フィーは知らないかもしれないけれど、イシュはファラの友達よ。そして…倒れた」
「イシュが介抱したのか?」
シュクジン先生が会話に入る。
「そうよ、ここまで連れて来てくれた。それで秘匿検査した結果…毒だったの」
「となると…もう一つしかないじゃないか」
「ええ、ファラは誰かに毒を盛られた。更に、その誰かもすぐ検討がつく」
私はファラの苦しむ様を見るのが辛くて、でも目を離さずにはいられなかった。フィー…と語りかかるファラがあまりにも哀れで可哀想だった。そうしている間に、先生二人は会話を進めた。
「…これは一大事だな」
「ええ」
二人は頷き合って
「少し席を外すから」
と言い、神速の如く速さで保健室から出て行った。その後に残るのは、思い思い沈黙の中でファラの苦しむ姿、ただそれだけであった。
「ファラ…?」
私はベットの側で語りかけた。
「大丈夫…?」
「…ハァ…ハァ…」
ファラは息を切らしながら私を見る…我慢できない苦しみがその顔には綻んでいた。
「苦しいの?」
…答えない。
「私、側にいるからね…」
そこまで言って、ようやくファラはこっくりと頷いた。いつも元気で旺盛な彼女が、その時ばかりは嘘のように衰弱していた。それを見た私の目にも涙が溢れた。涙が溢れて、ファラのベッドを濡らした。
その時だった
「…悔しい…」
ファラが口を開いたのだ。
「ファラ⁉︎」
涙も弾け飛んでしまう程の驚きと共に私はファラを見つめた。無理はしないで…強く願ったが、口に出すことはできなかった。
「…フィー…私」
ファラの声は弱々しくしゃがれていた。言葉も途切れ途切れで、喘息のような甲高い呼吸音が聞こえた。
「私…悔しいの……」
「悔しい…⁉︎」
「そう…せっかく…ここまで来たんだから…ハァ…せめて…飛びたかった…ハァ……今なら…フィーにも負けない自信が…あったのに」
「落ち着いてファラ!それ以上は言わなくていい!」
「だから……悔しいの!…こんなことで……」
ファラの目に涙が溢れた。その憐憫な涙はファラの頬を伝わり、枕をビショビショに濡らした。私も泣かずにはいられなかった。ファラの無念を、涙の目でしっかり受け止めた。
「こんな…ところで……あいつ…なんかに!」
私もファラも知っていた。ファラを潰してでも優勝を勝ちとろうとする卑怯な奴の…顔を!
「ファラ……」
「……ごめんね…」
ファラは涙でぐちゃぐちゃに濡れた顔を半ば麻痺している右手で隠した。
そして慟哭した。右手で顔を覆ってファラは泣き叫んだ。
「ごめんねフィー…私…弱いから……!」
私は布団の中から、ファラの左手を持ち上げた。
「…知ってるよ。ファラが弱いことくらい」
そして、優しく語りかけた。
「“弱いから、立ち向かう”んでしょう?」
私の言葉に、ファラはようやく薄っすらと笑った。その軽佻浮薄な笑みと共に
「……フィー…らしいね」
と、弱々しくも儚き神秘のような声が返ってきた。




