不安と応援と発狂
眠れない夜を過ごし、また日が昇った。
緊張すればするほど、時が経つのが遅くなる。刻一刻と迫り来る恐怖に怯えていると、やはりそうなってしまうのだ。
朝は授業があるが、無論集中できるはずがない。私は朝焼けの光に絶望を見出しているのだ。
「…フィー、おはよう」
ファラは本当にぐっすり眠っている。羨ましい限りである。
○
ボーッとしながら授業を終えた私。眠気と恐怖と戦いながらもなんとか乗り切ったのだが…その内容は全て何処へと飛んでいってしまった。
「フィーさん!」
廊下で叫んだのはランちゃんだった。
「どうしたの?」
「頑張ってください!決勝…四日後ですよね」
「…ありがとうね」
希望に満ちたランちゃんの顔。対照的に、その側にいたユン君の顔は少し気まずそうだった。
「…体悪そうですね」
「大丈夫だよ、心配いらない」
「なら良いですけれど」
私は可愛い後輩二人に不安は見せじと必死だった。勿論…その内心は不安だらけだ。
「頑張ってください。一番応援してますから!」
ユン君は振り絞るように言った。全く…いつの間にかすっかり大人になったものだ。人の雰囲気って、こんなに短期間で変わるのだろうか。
「ありがとう…二人とも」
私はそう言って手を振った。しかし、そんなことでは不安は晴れなかった。
昼御飯で何故か竜のスルメという珍料理が登場し、私はそれを噛んで噛んで噛みまくった。しかし巨大なスルメは硬く味が濃い代物であり、食べ終わるのに一時間くらいかかる予感がしたので私はスルメを口にくわえながら食堂を後にした。一分たりとも無駄にはできない…私は空を飛ばなければならないのだから!
スルメにうんざりしながら廊下を早足で歩いていると、前から人影が見えた。ドブネズミのお出ましである…できれば避けたいところだが…意外にも
「よお」
と、素っ気ない声をかけられた。そして
「前の件は…まあ、俺も色々やりすぎた」
信じられなかった。あろうことか、ゴードンが恭しく私に謝罪の言葉を陳述したのだ。馬鹿にするなよ…無感情なネズミの顔が余計に気に食わなかった。突き通すなら、クズを突き通してほしかった。
しかし、それを帳消しにするように
「でも、お前ごとき…軽々と捻り潰してやるよ」
と、ゴードンは暗く辛辣に言葉を発した。まるで魂を奪われたかのような心のない言葉。前のような威圧感は皆無だった。
私は応えず、とっととその場を立ち去った。
○
やってられっか…!そう思いながら私はタペヤラと対峙していた。
「…グワァ!」
「がぁあああ!」
特訓開始から早くも二十分。私は既に自暴自棄の中にいた。
「グワァ!」
「がぁあああ!」
ほんの出来心なのか、それとも不安が降り積もり過ぎたが故の発狂に類推する何かなのか…細かいことは分からない。しかし、私がとびきり馬鹿な行為を繰り広げているというのは誰の目でも明らかだろう。今私はタペヤラと向かい合い、吠えあっているのだ。
こんなことができるのは、一人きりの竜堂くらいである…
「フィー⁉︎」
しかし、どうやら一人ではなかったようだ。
「…あ…」
ファラの姿を見た瞬間、私はようやく冷静さを取り戻した。見られたのだろうか…だとすれば一大事であら。しかし、ファラはしばらく、まるで何事も無かったかのように私を凝視していた。
しかし、唐突に
「……ブフッ」
と、何かが吹っ切れる音がした。
「はははは…!」
そして、爆笑の渦の中に飲み込まれていった。その笑い声に反応して、タペヤラがまた
「グワァァア!」
と吠えた。
もう何が何だか分からない…自らの羞恥すらも忘れ去ってしまうくらいのカオスぶりである。
「フィー、ほんと馬鹿」
「馬鹿で悪かったわね…」
「永久保存しておきたいよ。勿論動画で」
「あっそう」
ファラは笑いながら私にとやかく言ってくる。その言葉一つ一つを真に受けると顔がみるみる熱くなって、私はとうとう逃げ出したいという衝動に襲われた。
「でも」
しかし、私の我慢の寸での所でファラは笑いを止めた。そして天地をひっくり返したかのように優しい顔を浮かべると
「フィーとタペヤラ、羨ましいくらい仲が良いんだなぁ」
と感嘆した。私にはその意味が全く分からない。
「どこが…?」
「だって、吠え合える仲なんて相当じゃない?」
「でも、私が近づくと決まって吠えるのよ…馬鹿みたいに」
「でも、拒絶している訳ではなさそうだし」
「え…」
ファラは私の肩を叩いた。
「現に今、タペヤラと至近距離で吠え合っていたじゃない?あんなこと普通の竜にしたら命は無いわ…フィーはとっても命知らずなのよ。そして、とても信頼されているのよ」
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