寝過ごした日
部屋に戻ると孤独の極致を味わい、夜空に向かって危うく咆哮しそうになった。今日1日の疲れや煮えたぎる緊張が相まって、私はベットに倒れたきり二度と帰ってこなかった。
朝日が昇る頃、私はファラに叩き起こされた。
「もう昼前だよ?朝も食べてないし…大丈夫?」
「……え、昼前⁉︎」
「ええ」
私は驚いた。外を見ると確かに…朝とは思えないほど強い日差しが大地を照らしている。
どうやら、寝過ごしたようだ。
「昼御飯まであと三十分だから、流石にそろそろ起こした方がいいかな…と思って」
「ナイス、ファラ!」
私は親指を上に突き立ててグッドサインを送ると、すぐさま桃色のパジャマを脱ぎ捨てた。
「フィーは変わったねぇ…」
その光景を後ろからまじまじと見つめながら、ファラはこっくりこっくりと頷いた。
「何が変わったというの?」
着替えながら訊ねた私に
「全裸で寝てたのに」
と、利なる矛の如く一撃が返ってきた。私は失神しそうになったが間一髪で堪えた。
「記憶喪失…だったっけ?フィーは変わらない部分もあるし、変わっちゃった部分もあるよね」
私にはファラの言葉が耳に入ってこなかった。羞恥心による葛藤を繰り返し、そのせいか服を着るのが些か無造作になってしまった。
「さっさと行きましょう…やってらんない!」
色々なことが相まって、とうとう私の口から本音が出た。ファラは苦笑しながら
「そうだね、行こうか」
と言った。
○
昼御飯はオムレツだった。晩御飯を食べてすぐに昼御飯を食べる…なんだが不思議な感覚だ。
「ファラは…今日も特訓?」
「当たり前よ。高等科の授業をとっとと終わらせてからだけど」
「頑張り屋さんだな…ファラは」
「根は真面目なのよ?」
微笑と微笑が向かい合い、場の雰囲気はとても和やかになった。そのせいか、オムレツをすくうスプーンの手が止まらない。
「フィー」
すると、ファラはそのスプーンを指差して言った。
「どうしたの?」
「その卵、竜の卵らしいよ」
「…へぇ…」
竜の卵…別になんとも思わなかった。数多の竜が跳梁跋扈するこの世界においてそれ位日常茶飯事なのだろうと私は思っていたからだ。
そう思うと、竜の卵はとびきり美味いなぁと私は感じた。当たり前である。竜の生命力の全てがそこに詰まっているのだから、美味しく無いはずが無い。
「それでさ」
私がそう評論していると、ファラはこう続けた。
「あの“ラーメン”は、もっと凄い…竜の骨から出汁を得ているらしいの」
「…へぇ」
真偽は分からないが、もし本当ならばに“凄い”と思った。竜の骨なんて滅多に扱わない代物だし、そもそも扱おうとすらも思わないからである。
「てか、いつどこでそれを知ったの?」
「シュクジン先生よ」
「ああ…」
納得しかなかった。あの人は本当に様々なことに博識である。竜の扱いに関しても、蹂、盾、翼、全ての竜に精通している。あの人は一体何者なのだろうか…疑問だけが深まる。
そうして思考が右往左往しながらも、私はオムレツを平らげた。
「ご馳走さま。私は竜堂に行くよ」
「うん。私は高等科の授業があるから…」
ファラはオムレツを頬張りながら言った。
「お互い頑張ろうね」
「うん!」
ファラは大きく縦に頷き、私に手を振ってくれた。
○
竜堂に向かう道は晴れやかだった。
草は陽の光に向かって歌い踊り、極彩色の花々が咲き乱れていた。ついこの間まで質素だった広場の脇が、今はとても豊かな色彩を帯びている。
風はその花を見るために広場に心地よく吹いてくる。そして花を一目見るとまた風を吹かしながら去って行く。ほんの一瞬の出来事だ。
何故こうも詩的な気分に耽っているのだろうか…私は自らの帯を締め直すべく頬を叩いた。
その時、私は見た。
竜堂の昇降床から、見覚えのあるドブネズミが一匹現れた。私は慌てて近くにあった柱に隠れて様子を伺う。ドブネズミはこちらを見向きもせずに、堅い顔をしながら早足で去って行った。
不可解な光景ではあったが、私は多方面から解釈をしてみた。その一つで、私はしっくりと来た。
ドブネズミ…ゴードンも決勝に向けて、しっかりと努力しているのだ。果たして彼のことを蔑視して良いものなのか、私はちょっと分からなくなった。
結局のところ、奴を負かすには実力しかないのだ。
「負けてられない!」
彩りの花畑と負けず嫌いとが重なって、私は心内に熱い闘志をメラメラと燃やした。




