フィー検査
もう、元の世界に未練はない。
こんな幻想的な世界を、私はずっと夢見ていた。
だから、泡を吹いてしまうほど嬉しかった。
○
私のバディ、プティ。
プティへのコンタクトの仕方、乗り方などを私は母に一から教わった。母は私のことを記憶喪失だとか言ってとても心配してくれる。だからこそ、学校に行って頭を冷やせと言う。
矛盾だらけではないか?そう思いつつ、私は教わった通りにプティに乗ってみた。
「プティ、飛べる?」
私が言うと、プティは勢いよく翼を広げ、天に舞い上がった。力強い筋肉の流動が私の体を震わせた。
「いいよ、プティ!」
感激した。体中を巡り巡る興奮の波動が、私を掴んで離さなかった。やっぱり…この世界は最高だ!そう感じた。
「はは…ハハハ!」
こんな天真爛漫な笑みを浮かべたのは、いつ頃だろうか…子供の時の、空を飛ぶ夢以来だ。
「楽しいね、プティ!」
私は叫んだ。アルコールが入ったかのような、すっかり楽しい気分になっていた。
「さあ行きましょう、学校に!」
「クェ!」
プティは風に乗って大きく飛び立った。羽ばたく度に風を感じた。冷たい風、肌がゾゾっと逆立つような風だった。寒かったけれど、楽しかった。これからどうしよう、どうやってこの世界で暮らしていこう…そんな不安は全部吹き飛んだ。プティが、その不安を消してくれた。
十分ほど飛んだ後、周りを水堀で囲まれた大きな建物が見えてきた。ローマのコロッセオを五倍ほど大きくしたような石造りの建物。あれが…学校なのか。改めて緊張してきた。
プティは安全だった。高高度を飛んでいるはずなのに、怖さは無かった。着地の時も、左右に揺れずにまっすぐと着地してくれた。
私たちは、校内のど真ん中にある広場に降りた。
「ありがとう。次もよろしくね」
「グェ!」
勿論任せて!とプティが言ったように感じた…気のせいだろうか。
○
「待っていたよ。フィー」
声がしたので振り向くと、私よりも高身長でスタイル抜群の赤髪の女性がいた。
「私の名前…知ってるかい?」
「え…いえ」
「…ありゃ」
宝塚歌劇団の男役のような勇ましい女性。それが第一印象だった。
「私はシュクジン。君の担任さ」
「え⁉︎」
思わず声を出してしまった。
「いやぁ、君のお母さんに言われて予想していたことだが、記憶喪失はどうやら本当らしいな。随分と大人しくなったじゃないか」
「…はい」
「とにかく、記憶喪失は深刻だ。下手すれば一回生からやり直しになる。…と言っても分からないだろうが、とりあえず頑張れってことさ。付いてきな」
シュクジン先生に連れられるがまま、私はとある部屋に連れてこられた。
「検査室だよ。ここで待っているから、レア先生に診てもらいな」
「分かりました」
パタン…扉が閉められると、再び孤独が私を襲った。シュクジン先生…なぜか、とても親近感が湧いた。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは…」
レア先生は黒髪のショートボブと黒縁眼鏡に、白衣を着ていた。まるで菫の花のような可愛らしさと凛々しさを兼ね備えていた。だが、私の中の第一印象は第一印象は“可愛い声だなぁ”だった。
「私はレアです、保健室の先生をしています。記憶喪失の疑いがあるので、入念に検査しますね」
「記憶喪失というより、入れ替わっていると言った方が…」
「何か言いましたか?」
「い、いいえ」
「そうですか。では開始しますね」
こうして、一通りの検査が行われた。フィーの過去にまつわるエピソードやいとこの名前、友達の名前を訊ねられた。分かるはずがない、何しろ私とフィーは別人なのだから。
フィーよ、早く帰ってこい。
「終わりました。これは…駄目ですね」
レア先生から通告された。
「明日から特別授業に配属してください」
「特別授業…」
「まあ、今のあなたなら分からないでしょうが…詳しくはシュクジン先生に聞いてみてください」
「はい、分かりました」
「頑張ってくださいね。きっとあなたなら立ち直れますよ」
「はい!」
レア先生との話で、フィーの過去を私は少しだけ知ることができた。
フィーは天才であり、十三歳の飛び級で大学に入学し、十六歳で卒業している。その後は研修生として、この大学で働いていたらしい。
でも、わたしにはフィーの凄さが分からない。そもそも、竜学部竜学科がどんな組織なのかを確認しないと、是非の判断は下せない。だから、色々とんでもないことになったけれど、明日からは…頑張ってみようかな。そう思った。
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