タペヤラ
先生は一頭の翼の竜に目を付けた。体長は五メートルほどで、大きなマダラ模様のトサカが見た目を引き立たせている。見た目は異様で脆弱、本当にこいつに乗って飛べるのだろうか…そんな疑問すら抱いた。
「まずはこいつに乗ってみようか」
シュクジン先生はそう言うと
「ファラ、まずは見本を見せてやって」
と、ファラに何かを渡した。私は、それが体を固定する固定具であるとすぐに判った。
「はい」
ファラは言うと、臆することもなく翼の竜に近づいた。慣れているなぁ…感心しながら私はファラを見ていたが、次の瞬間
「ゲェェエ!」
という鳴き声と共に翼の竜が拒否反応を示した。
「何で、どうして⁉︎」
アンビリーバボーとでも言いたそうな顔でファラはシュクジン先生を見つめていた。すると傍らにいたイシュが
「君はケツァル以外扱ったことがないのか?」
と、髪をまくし立てながら訊ねた。
「ケツァルコアトルスと…プテラノドンなら扱ったことがあります」
ファラがそう言うと、先生は不気味に笑って
「じゃあ、今君の前にいる竜は何だと思う?」
とファラに訊ねた。ファラは苦渋の顔で
「分かりません…」
と唾を飲んだ。
「タペヤラよ。その子はタペヤラの派生なの」
「…タペヤラですか」
「うん、タペヤラ派の中で最大級の子。とても繊細で危機感が強く、他の翼の竜とは比べ物にならないくらい扱うのは難しい。だから、正攻法では駄目だ」
「…じゃあ、どうすればいいのですか?」
ファラの質問に先生は答えなかった。しかし、トウヤは何かを閃いたらしかった。
「タペヤラ派の体の小さな竜だからと言って、いい加減にアプローチしたからでしょうか?」
「それは…私が駄目だったってこと?」
真面目な顔で淡々と答えたトウヤに、ファラは眉を顰めて訊ねた。
「いやそう言うことじゃなくて…ファラは間違っていない。だけど、タペヤラはケツァルやプテラノドンよりもよっぽど注意を払って近づかないといけない…ってことかな?体が小さくて怖くないからって生半可な気持ちで近づくんじゃなくて、寧ろプテラノドンよりも入念に近づく必要があると思うんだ。蹂の竜では、そう言うことがよくあるから」
「なるほど…」
ファラの表情は和んでいた。トウヤの笑顔混じりの話術と確かな経験に基づいた推論は、確かに聞いてて心地が良かった。
「ファラ、予選まであと一週間もない。だからこそ、先輩の言葉を心に留めて頑張ってみましょう!」
先生がそう言うと、ファラは目を輝かせて
「うん!」
と大きな返事をした。
「あれはタペヤラではない。体長十五メートルのタペヤラァルコアトルスだと思って近づいてみれば、きっと何かわかるよ」
イシュも熱い言葉を送った。だが熱すぎて意味不明だったのだろう。
「兄さん…何それ」
トウヤはとても呆れていた。
○
「ファラ、もう一度行きます!」
ファラは瞳の色を変えた。先程のぶっきら棒な接近が嘘のように、ファラは慎重に近づいた。タペヤラはファラの様子を伺いつつ、少し翼をはためかせていた。ファラとタペヤラの目が合い、お互いがお互いを警戒していた。この雰囲気では…不可能だ。
しかし、それは突然訪れた。
何と、タペヤラから放たれていた溢れんばかりの敵意、殺意が一瞬にして変わったのだ。人間に竜の気持ちが分かる訳がないはずなのだが、本当に、紛うことなく、私は今タペヤラの変化を“見た”のだ。
その直後、ファラの緊張も解けた。そしてファラはタペヤラに辿り着いた。
「彼女、とてもセンスがありますね」
西欧の王子、イシュが言った。
「でしょ?」
先生は得意げに言った。
「はい。流石は…“マランバの二翼”です」
イシュ兄さんはとっても凄い方でした。




