プテラノドンのプティ
「………お…」
声が聞こえる。
「フィ……お…」
また、声が聞こえる。
「フィ……おきて!」
「ハッ⁉︎」
悪夢にうなされた夜のように私は飛び起きた。ふかふかのベッドに枕、白い壁紙に白いカーテン、綺麗な木目の床、綺麗に片付いた部屋。そして…見知らぬ女性。
「フィー、学校でしょう?」
女性は言う。
「…フィー?」
誰だ?
「フィー、学校…よ?」
女性は言う。
「…フィー?」
誰だ??
「フィー、ほらさっさと起きなさい」
女性は強めに言う。
「…フィーって誰ですか?」
「え、え…ええ⁉︎」
私が言うと、謎の女性はティラノサウルスでも見るかなような腰を抜かした。
「フィー、だってあなたフィーでしょう?」
「こだま…ですよ?」
「…コダマ?」
「はい。白石こだま、十八歳です」
私は的確に伝えたはずだ、なのに
「ひ、ひぃやぁぁぁあ!」
と、女性は腰を抜かしながら部屋から出て行ってしまった。
腰を抜かしたいのはこっちだ。
それよりも、一体ここは何処なのだろうか…
少なくとも、私が知らない世界であることは明白である。しかし、こういう時こそ冷静に対処しなければならない。
まずは、情報収集だと私は踏み込んだ。
「あの、何なのですかー?」
私が訊ねても物音一切しない。張り詰めた空気が漂っていた。
「事情を説明してくれないと…私だって困惑しているんです」
少し大きな声で言うと
「さっさと立ち去ってください!」
壁の向こうから、返事がきた。
「私は怪しいものじゃありません」
「分かっていますよそれくらい…ほら、さっさと何処かに行ってください!」
冷たいなぁ…と思いつつ、私は布団から抜け出した。偶然立てかけてあった鏡が目に入り、気まぐれで立ってみた。
いつも通りの私の髪、私の目、私の顔…何も異常はなかった。しかし、私の全裸が鏡に映った。それを見た瞬間、何だかとても嫌な予感がした。
「服…脱がせたんですか⁉︎」
「いいえ、元からそうでしたよ?」
「元から…?」
「ええ、元から…」
女性は困惑しつつ、続けた。
「いつも全裸で寝てるじゃない…?」
「へ⁉︎」
途端に、私の顔は熟したリンゴのように赤く腫れ上がった。
「あなた、本当に大丈夫?病院、行ってみる?」
女性は諭すように私に言った。おそらく、この女性はフィーの母親、つまりは私の母親なのだ。
「病院に行かないなら、少し遅刻になるけれど学校に行きましょう」
母は言った。この世界に来て、初日から社会の縮図である学校に赴くのは武勇溢れた行為であり、愚策である。できれば避けたいと考えた。
「気分が乗らないよ」
「いいや、行きなさい」
命令口調だった。
「…分かった」
「よろしい」
何が起きるか分からない…だから、ここは善隣外交の方針を執るべきだと考え、私は博打を打った。母はにんまりと笑って
「もう準備はできてるわ。先生にも伝えてあるから、ゆっくりと行きなさい」
と言ってくれた。何て優しくて頼りになる母なのだ…フィーさんが羨ましく感じた。
「ありがとう!」
この世界に来て初めてのありがとう…新鮮だなぁ、噛み締めた。
「ねぇ、学校までの道を教えてくれないかな?」
「…道まで忘れたの?」
母は溜息をついた。
「そんなもの覚えなくても、プティが連れて行ってくれるでしょ?」
「プティって何?」
「呆れた!」
母は怒った。
「あなた、バディの名前も忘れちゃったの!信じられない!来なさい!」
私は腕を掴まれて、強引に外に引っ張り出された。
「ほら!」
そして、母が指差した。
「あなたのバディ、プティよ!」
母が指差した先には、大きな竜が佇んでいた。
全長およそ十メートルはあるだろうか…大きな翼を持ち、立派なトサカを携えた竜。
紛いもない、プテラノドンではないか⁉︎
「ちょっとフィー?え、なんで泡吹いてるのよ⁉︎フィーーー!!」
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