霧深き朝の断末魔
私もファラ翌日、朝早くに広場に出た。まだ霧がかかっており、その霧が私の肌を濡らすととても冷たい。加えて熱放散で私の体温はどんどん奪われる。雨の日に傘なしで突入するが如き最悪のコンディションだった。
それでもファラは止めなかった。何しろ予選は三日後らしく、ファラは
「できるだけ特訓したい」
と言い張っては、その霧をもろともせずに特訓を続けた。風邪を引いては元も子もないの思って注意してみたが、本人曰く
「一回も風邪を引いたことがない」
らしく、私は諦めて広場に立ち尽くした。
「ゴンちゃん連れてくるから、ちょっと待っててね」
続けざまにファラは凍てつく霧雨の中に、私をポツンと置き去りにして竜堂の方へと猛ダッシュして行った。ゴンちゃん…ファラの竜なのだろうか。ファラのように扱い易いが読み難い性格でなければいいのだが…竜は飼い主に似てしまうから希薄と言えよう。
ファラはゴンちゃんに乗って帰ってきた。
ゴンちゃんは黒色の翼竜だった。プティよりも一回りも二回りも大きく、特に翼は異形かつ巨大だった。体つきも全く違った。プティは細々とした体格を持つが、ゴンちゃんはどちらかと言うとがっしりしていた。
「プティとは…全然違うね」
「そうよ。プティはプテラノドン、もっと細かく言うとステルンベンギの派生だけど…この子はケツァルコアトルスの派生で、全長は十三メートルもある。私のパートナーなの」
ファラは嬉しそうだった。霧雨の冷たさも吹き飛ばすくらいの笑みを浮かべていた。
「じゃあまずは基本的なことから教えるわね」
「うん」
ファラは上機嫌なまま、私に教えてくれた。
「最初は竜に触ること。二つ目は乗ること。三つ目は命令を出してみること。あと二週間足らずでここまでできれば…上出来ってとこね」
「見本、見せてくれる?」
「いいよ!」
ファラは応えて、ゴンちゃんと向かい合った、そして私を尻目に捉えながら、ゆっくりと歩み寄った。
ゴンちゃんはとても忠実だった。ファラが歩み寄ると、とても嬉しそうに鼻息を鳴らした。そして頭をかがめて、まるで頭を撫でてくださいと言わんばかりの上目遣いでファラを見つめるのだ。勿論、ファラはゴンちゃんの頭をぐちゃぐちゃに撫でてやるのだ。
ゴンちゃんはとても気持ち良さそうで…愛らしい表情を浮かべていた。
「フィーも、やってみる?」
ファラに言われたので私もやってみることにした。まだ霧の濃い朝…みんなが寝静まっている朝の時間にゴンちゃんと向かい合うと、心が、清らかな流れを描くかのごとく浄化された。精神の揺れが少しづつ減り、落ち着きが私の体を覆う。まるで新しい悟りを開いてしまうかのような…
「グェェェエ!」
ゴンちゃんは座ったまま、天高くを見上げて何かを言った。
「近づいてもいいの?」
「…グェ」
「じゃあ…優しくしてね」
「グルッフ」
私は一歩目を踏み出し、二歩目を踏み出した。ゴンちゃんは私に目を据えて、絶対に目を逸らさない。だから、私もゴンちゃんに目を据えて、絶対に目を逸らさない。そう決意しつつ、一歩…二歩と歩み寄った。歩み寄る度にゴンちゃんの体はどんどん大きくなり、ゴンちゃんの顔はどんどん下がり、私の顔はどんどん上がっていった。やがて、ゴンちゃんのくちばしの先に私の頭が到達すると、ゴンちゃんは
「グェェェエ!」
と大きく叫んで、十メートル以上ある翼を目一杯に広げた。その美しさは、正に生命の力を表しているように思えた。
「たくましいね…君は」
私は感嘆した。
「フィー、早く逃げて!」
刹那、ファラの叫び声が聞こえた。あろうことか私はその叫び声に反応してしまい、ゴンちゃんと…目を逸らしてしまった。
しまった!…気づいた時には遅かった。
ゴンちゃんはギロっと私を見て、その鋭利なくちばしで私の胸めがけて突進してきた。ゴンちゃんと私は至近距離、そのくちばしの射線を予想し、私は避けられないことを確信した。そして…くちばしが私の胸を貫く。
「フィー!」
「きゃああ!」
広場に断末魔が響き渡った。そして、私はそのまま…地に伏せた。
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