鼠の眼光と慈愛の医療師
私はゴードンに捕まり、半ば強引にある部屋へと連れてこられた。
部屋番号は1101、1から始まるということは、ここが地下であることを表している。三人の男は私をしっかりと確保しながら、暗い暗い部屋で私をギロっと見つめた。
「俺、何歳に見える?」
大きな体に鼠のような顔を垂れ流しながら、ゴードンは私に訊ねた。
「…二十くらい?」
「二十四さ。そしてお前は十八だ…」
微かに奴の顔が見えるくらいの暗い部屋。何をされるのだろう…想像すればする程おぞましい感情が湧き上がった。私の体は、今とても震えている…私は、今とても怖い。
「何でこんな事、お前に聞いたと思う?」
「…さあ……」
恐怖のあまり、私はまともに受け答えができていなかった。しかし、そんな私を襲ったのは、更なる衝撃であった。
「お前を嫁にするためさ」
「は⁉︎」
……誰か今すぐ、この男を殺してほしい。心からそう感じた。
「ふざけないでくれる!」
「ふざけてなんかない…本気だよ。君の美貌と才能は、我らがゴードンの一家がヨダレを垂らす程欲しがっているさ。どうだい?」
答えるまでもない。
「お断りします!」
私はきっぱりと言い捨てた。
「おいおい…困ったなぁ。何がいけ好かなかったんだい?」
「全部よ、特にその高圧的な態度。あなたには誇りってものがないの⁉︎例え才能があってもね、モラルと誇りがない男はどうであろうと嫌われちゃうわよ!」
私はついカッとなって、全て吐き捨ててしまった。ゴードンは、眉をグッと動かした…嫌な予感が漂った。
「…言ってくれるねぇ」
しかし、唐突にゴードンは笑い出す。
「ははは…でもそれが無理なんだわ…だって、僕のお父さんは学長だからね!」
ゴードン、奴の高圧的な目に、私は圧倒された。学校の全権力者の息子に逆らえるわけがない。学長…こんな奴の父親が学長だなんて、まるで信じられない!
「だから、お前は俺と結婚しろ…」
「……全力で拒否するわ!」
ゴードンは執拗に質問を繰り返した。私に近づいて、私の足や手を指でなぞり、私がそれを拒むのを、奴は愉しんでいた。ケケケ…と不気味に笑っては私の体を弄んだ。でも私は逆らえない…もしも奴に逆らって学校を追われることになれば、フィーやその家族に多大な迷惑をかける。それならば…我慢するしかなかった。
そして、私の堪忍袋は間も無く爆発した。
「だったら、子供を産むだけでもいい…」
「最低!」
とうとう、私はゴードンの頬を叩きのめした。私への淫乱は発言、ファラへの横暴…許せない、この男だけは!
そうして、私が怒りに任せて追撃を喰らわせようとした間際でゴードンの手下の男二人が
私を力づくで抑えた。必死に抵抗するも男二人の腕力には敵わず、私は縄で手と足を縛られ、壁に固定された。薄暗い部屋の中で、私はとうとうこの男に屈することになるのだろうか…その男に毒されるくらいなら、いっそ今この場で私を…殺してほしい!
「へぇ…いい体じゃん?」
「……」
私は泣き出しそうで、言葉一つも反論できなかった。私は…屈してしまったのだ。
「何やってるのかしら…ゴードン君?」
その時、薄暗い部屋に一筋の光が舞い込んだ。可愛らしい花のような声が、薔薇の棘のようにゴードンを刺した。
懐中電灯を持った彼女は…レア先生だ!
「お父様がさぞ悲しむことでしょう…ほら、さっさとやめなさい。許さないわよ」
レア先生はゴードンに近づきながら言った。
「へぇ…」
ゴードンは自分よりも二回り三回り小さいレア先生を蔑視しながら
「僕は学長の息子ですよ?」
と高を括った。しかし
「だから?」
と、レア先生は一向にその攻撃を止めようとはしなかった。
「ゴードン、もう二度とフィーには近づかないで。彼女のことが好きならば、誠実に伝えればいいじゃない?」
「…お、俺は…好きじゃねぇ!ただ、ゴードンの一家の為にこいつの才能を…」
ゴードンはレア先生の圧倒的存在感からか、平静を保てずに途中で言葉に詰まった、そして決まりに
「…う、うざいんだよ!」
とレア先生を罵倒した。
「お前生意気だ…お父さんに言いつけたらきっとタダでは済まされないぞ!」
「だから何よ!?」
レア先生はその小柄な体とは裏腹に、高圧的なゴードンの更に上を行く程高圧的に言い捨てた。そんな勇気と誠意溢れる彼女の姿勢を、私はもっと見習わなくちゃいけない。
「お前はクビだよ、クビ!」
ゴードンが目を見開いて言うと、レア先生はにんまりと微笑を浮かべた。
「残念ね、私は国から派遣されている国家医療師なのよ。ムガルと派手に戦争してた時も、私は戦場に赴いて兵士や竜たちの看病をしていた。そんな経験豊富な私を、王はさぞ気に入っているのよ?つまり、私をクビにすると言うことは、王に逆らう逆賊になるってことになるわよ?」
レア先生がそこまで言い切ると、ゴードンは
「くそ、覚えてろ!」
と言って二人と共にその場を立ち去った。
私はレア先生に縄を解いてもらった。
「ありがとうございます…」
「いいのよ。ゴードンを権力で止められるのは私だけ。つまり、私はあなた達をこの体に代えても護り抜くよ」
「…ありがとうございます!」
もう一度、私は深々と頭を下げた。
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