ユン君へのピースサイン
「僕、ずっとフィーさんに憧れてたんです…一回、僕がまだ竜騎士の道を志し始めた頃、僕はフィーさんとプティが華麗に空を舞っているのを見たんです。お互いに息をピッタリと合わせて、フィーさんとプティは楽しそうに空を舞っていました。確かあれは…中等科配属当初の、上級生による歓迎会の催し物だったと思います」
ユン君は言った。私は胸の奥が張り裂けるような罪悪感に襲われた。今ユン君の前にいる私は…本当のフィーじゃない。記憶を失った、墜ちた翼なのだ。
「覚えていますか?」
ユン君に笑顔で訊ねられ、私は言葉に詰まりかけた。“覚えてない”なんて言えば、彼はとても悲しがるだろう…でも、
「覚えてない」
人間は、真実を伝えなくちゃならない。私はきっぱりと言った。
「そうですか、まあ、随分昔のことでしたし…でも、フィーさんが僕の憧れです。フィーさんへの憧憬の念は、天地が覆ろうと変わることはありません!」
「どれくらい憧れてるの?」
「泡を吹くくらい、大好きです!」
ユン君が叫ぶと、周りの生徒や先生もみんなこっちを向いた。他の蹂の竜たちも、ギャアギャアと喚き始めた。そりゃそうだ。“大好きです”なんて、こんな洞窟で言ったらみんなに聞こえてしまうのは明白である。
でも、ユン君は気にしていなかった。
「だから、フィーさんに教えてほしい!僕を…弟子にしてくれませんか⁉︎」
ユン君のふざけた台詞が私の胸を貫いた。しかし、彼の眉は美しい佇まいを帯びており、彼は本気で思いをぶつけていることが分かった。
「と、とりあえず保留…今は授業をしましょう」
私は切羽詰まってそう答えた。こういう時だけ何も言ってこないシュクジン先生はとても意地悪である。
○
「大丈夫?ユン君」
「はい。フィーさんとだったら…できる気がします」
ユン君と隣に並んで手を繋ぎ、私たちは蹂との竜と向かい合った。蹂はとぼけた顔で私を見つめている。ユン君の手が微かに震えていた。実際、いざ対面してみるとその迫力に圧倒されて、足が勝手に震えた。
「ユン君…」
「はい!」
ユン君が腹を括って歩み出るのを、私は固唾を飲んで見守った。ユン君…頑張れ。私はひたすら熱いエールを送り続けた。
蹂はギロッとユン君の方を見た。ユン君は猫騙しを喰らったかのように一瞬立ち竦んだが、大きく息を吐くと再び歩き出した。恐怖と戦いながら、ユン君は一歩一歩着実に進んで行った。
いける…いけるぞ!
直後、ユン君は見事に蹂の体に触れることができた。
「やった…!」
本人の口から、溢れんばかりの感嘆が一息にこぼれた。その感動の余り、私も危うくユン君に飛びついてしまいそうになった。
「やりました…フィーさん!」
私は彼に、絶大な喜びと祝福を込めたピースサインを送った。
蹂の竜の睥睨も、ユン君と共に尊き顔つきに変わっていた。ユン君が竜に到達し、自分に自信が持てるようになれば、竜もそれに応えてくれる。私たちが賢くあれば、竜は尊厳ある眼差しを私たちの方へと向けてくれるし、逆も然り。
私たち人間と彼ら竜は、素晴らしい絆で結ばれているのだ…ユン君と蹂の竜を見て、改めてそう思った。
○
ユン君は言った。
「竜は人間よりもずっと大きいけれど、その心も、人間よりずっと大きかった。竜に歩み寄ってる間、最初は怖かったし、竜も僕のことをとっても睨んできた。だけど、怯まずに歩き続けると、竜は心を開いてくれた。途中から、怖さは全く感じなかったよ」
ユン君のキラキラとした眩しい眼差しを受けながら、
「とっても輝いていたよ。ユン君」
と言ってやった。
泡吹きユン君が成長しました。
そういえばフィーも昔、泡を吹いていたよね。




