白石こだま 十八歳
白石こだま。十八歳。
黒髪と長身、少し青みがかった目。お餅のような白くて弾力のある肌。自分でも、私にはロシア人の血が流れているのではなかろうか…と思ったりする。いや、実際に言われ続けてきたのだから、自分語りをする権利はあるはずなのだ。
私の将来は順風満帆の予定であった。学業も良し、彼氏も良し、まさに非の打ち所がない学生生活を送っていたのである。
そんな矢先に、事件が起きた。
学校が終わり、私は本屋で立ち読みをしていた。
「…なんだこれ」
偶然手に取った精神学の本。初めは半ば冗談のつもりで読み始めたのだが、思いの外私のストライクゾーンギリギリを攻めてくるので、つい面白くて買ってしまった。
その本には“死後の世界”についての事柄が書かれており、世界的に有名な心理学者が執筆したらしいが、そんなことを私が知っている訳がない。面白かったのが、作者自身が
「私は別の世界からこの世界に来た」
と豪語していることである。そのエンターテイメント性に惹かれてしまった…言い換えれば、炎上商法にまんまと踊らされてしまったと言えよう。
外に出ると、冷たい風が私の体を縫った。
「あ、そうだった…」
嫌な予感がした。彼氏との待ち合わせを思い出し、私は慌ててスマートフォンを起動した。時計は…五時二十四分。
「まずい、あと六分!」
彼氏との待ち合わせは五時半。場所はカフェで、走ればギリギリ間に合う距離である。待ち合わせに遅れた場合、お金を奢らなければいけないという私が作った謎めいたルールさえなければ幾らでも遅刻してやるのに…だが、右手の本を買ってしまった以上私に残された金は少なく、これ以上財布を空にすると、まるで札束入れに魂を吸い取られるかのような失望を味わうことになる。
私は右手の本の作者を馬鹿にするあまり、時間を忘れていたのだ。とんでもない失態である。
「まずい!」
私は走った。女子としての誇り、容姿、全てをかなぐり捨てて走った。私とすれ違った通行人は全員私の方を見ていた。そりゃそうだ。黒髪で色白で、長身で青がかった目をしていてロシア人に間違われることもある私が、セーラー服を派手に揺らして汗ばみながら走っているのだから。
厳密に言えば、これも一種の事件である。
だが、更なる事件が私を襲った。
スマホを確認すると五時二十八分。良かった…間に合いそうだ。私は走ることを止めて、ゼェゼェと汚く喘ぎながら、時々嗚咽を催しながら休憩した。息を切らしながら彼氏と会うのは流石に失礼だと思いつつも、ものの一分でも休憩すれば財布に魂を売ることになると考えると、後者が優った。
私は再び歩き出した。
しかし、その直後であった。
刹那、物凄い衝撃が私の全身を突き抜けた。
流石の私も、幽体離脱は初めてであった。
魂になって、自らの死体を上空から眺めた時、私は気づいたのである。
私は死んだのだ…
私の死体が右手に抱えていたとある本は、私の血と涙と恨みで赤く染まっていた。この本さえなければ…悔やんでも悔やみきれない、遣る瀬無い敗北感。私は唐突な衝動に駆られた。人生で一番の腹式呼吸で
「一生呪ってやるぅぅう!」
と、空に叫んだ。
すると、不可解なことが起きた。
私が、まるでトイレの水のように渦巻きながら何かに吸い込まれたのだ。
「うわぁぁぁあ!」
必死に抵抗しようとするも、体を失った私は足掻くことさえもできず、身を任せるしかなかった。そして行き着いた先は、財布の札束入れだった。物理的に考えて有り得ないことだが、とにかく私はカバンの中に入っているはずの財布の、それも札束入れに吸い込まれていったのだ。
「嘘でしょ⁉︎」
札束入れの入り口は真っ暗闇で、魂の私は紙のようにぐしゃぐしゃに丸めこめられた上で強引に吸い込まれた。そして地面のようなものに叩きつけられ、そのまま意識を失った。
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普段は重たい短編を扱っていますが、
今作で初めて異世界系列に挑戦します。
至らない点も多くあると思いますが、
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