脱走(城)
魔帝が自室にこもり、大臣たちの悪口をぶつぶつと呟きながら、あることに思い出す。
「あれ、キョウやハルカ、マサルはいずこへ」
周囲を見渡しても姿が見えない。一気に汗がだらだらと流れ、急いで部屋をでる。廊下をダッシュしながら、一番会いたくない人物に出会う。その人物は廊下を走るのを、呆れた表情で見てる。
少し躊躇う、しかし意を決して質問する。
「バルバトイ、3人を見なかったか?俺が連れてきた3人だ」
大きな溜息をつく老齢の男性。
「それなら、今は牢屋ですな」
アチャーと手を額にのせる。
「全く犯罪者を王にしようなど、陛下しっかりしていただかないと」
バルバトイの小言が始まり、すぐにそれどころではないと。
「今は話はあとだ。どこの牢屋だ」
「なぜそのようなことを?」
間髪入れず尋ねる。
「うっ、もちろん牢屋から出すためだ」
「なりません!」
バルバトイの気迫のこもった声に、一瞬たじろぐ。だがここで負ける負けるわけにはいかない。踏みとどまり、奥の手を使うことにする。
「千殺のバルバトイ」
バルバトイは首を傾げる。なぜ今になって昔の魔族の領地を治めてたときの異名をいいだすのか。
「これを先程まで抱えていた、大事な大事な孫が聞いたらどうなるんだろう?」
魔帝はいやらしく笑む。
やられたとバルバトイの顔に汗が滝のようにながれる。
「卑怯ですぞ」
「ふふふ、俺は誰だ?魔帝だぞ?」
「ぐぬぬぬ」
色んな想像や考えを浮かべているのだろう。表情にあらゆる葛藤をしているのが見て分かる。あとは落ちるのを待つだけ。
「例え・・・」
「ん?」
「例え孫に嫌われようとも~~、いうわけにはいきません!!」
荒い息を吐きながらも、言い切ったバルバトイの表情はまさに鬼。これ以上刺激してはまずいと本能が叫ぶ。
「そ、そうか・・・」
「そうです」
お互いの視線が交差し、魔帝は目をそらす。
{これは無理。}
「では、俺は先を急ぐ」
そう言い残して、走り出す。後方ではバルバトイがまだなにか叫んでいる様だったが、あえて聞かなかったことにする。
この城の牢屋はいくつもある。さらに首都まであわせると、人口が多いだけあって数えるのが嫌になるほどだ。まだ輸送されていないからほかの収容場や牢屋には行ってないと確信している。小さい罪ならすぐ状況証拠が確定すれば罰が決定するが、今回のは大きい方に分類する。つまりだ、色々と時間をかけ、罰を決定する。なので、そう遠くない場所にいるのはわかっている。
少し走ると今度は話のわかるやつに出会う。
「ようハサル!」
走りすぎるのを頭を下げて待っていたハサルの肩がビクッとする。
「な、なんでしょうか陛下?」
「言わなくてもわかってるよな?」
思いっきりハサルは頭を横に振る。壊れてしまうんじゃないかと思うほどだ。
「それだけはだめです。バルバトイ様にも言うなときつく・・・・」
「わ・かっ・て・る・よ・な・?」
顔を近づけ、まるで学生のメンチをきるように睨む。
「ヒーーー」
バルバトイにこれは効かない。しかし人間であり、ただの文官のハサルにこれは効果絶大。
「・・・・・・北の地下牢です」
魔帝は笑顔で。
「さすがハサル!頼りになる」
ヘナヘナとその場に崩れ落ちるハサルを尻目に駆け出す。
暗くジメジメした鉄の部屋で3人は体育座りをしながら、今後のことを話していた。というよりも将来を悲観しての行動でもある。夕方には簡易の拘留許可証が発行されるらしい。そうなると3人は別々の部屋になる。だから、最後の話合いでもある。3人の口は重く、言葉よりも溜息ばかりがでる。死ぬことは覚悟していた。だけどもそれは、こんな結果の後ではないはず。ならばなぜこうなったかと言うと。やはり、魔帝が全て悪いということになる。
「魔帝の言うことなんて信じるんじゃなかった・・・」
キョウの言葉に2人は同意する。
「やはり魔帝は、魔帝ね」
ハルカの言葉に2人は同意する。
「あの言葉が真実じゃない証拠に、魔帝は助けにきてくれすらしない」
マサルの言葉に2人は同意する。
そして大きな溜息を3人は吐く。愚痴を言っても仕方ないのはわかる。ただ、八つ当たりする対象がほしかった。自らした行動を今更嘘にはできない。しかしだ、反省したと思った魔帝が、こんな手でくるとは。
3人のどん底は底がないようで、言葉を出すほど、溜息を吐くほどどんどん暗く落ちていく。
「や、やあ」
誰かの声が聞こえた。
だが3人は声の見るほうを見ない。見ても意味がないとわかっているからだ。
「悪かったよ・・・」
反省の声が聞こえた。それでも3人は声の主を見ない。
ジャラリと金属の音をさせて。
「出たくない?」
そう声の主が言った瞬間。
3人はつかみかかるように声の主を見て「出たい!」と叫ぶ。
声の主は案の定想像通りの人物。苦笑いを浮かべ、少し気まずそうにしている。
「来ないと思った」
「僕も」
「俺もだ」
さすがにまずいと思ったのか頭を下げて「すまない」と反省の色を見せる。
「今は反省よりも、出して欲しいんだけど」
キョウの言葉を聞き、焦った様子で鍵を開ける。
4人はお互い見合わせ、疑問に思ったことを言う。
「でも、これからどうするの?」
「逃亡生活?」
「ていうか、逃げ場がないんだけど。国一つしかないわけだし」
3人の重い声を魔帝は親指を出し、大丈夫と答える。
「俺の自室なら大丈夫!部屋もいくつもある。ここに入れるのは親衛隊くらいと許可を受けたメイドくらいだ。親衛隊は俺の命令に絶対服従だし、危険なことはしてこないから安心してくれ!」
信用できないという目で3人は魔帝を見る。冷や汗が流れ。
「次はちゃんと守るから、とりあえずこれを」
黒いローブを3人に手渡す。
「一応隠したほうがいいと思う。特にバルバトイはやばい。少し時間もらえれば、自由に動けるようにするから、少し辛抱してくれ」
3人はお互いを見合わせ。
「それしかないしね、さっさと行こう。もうここから離れたい」
同意するように。ローブを羽織、魔帝の後ろについていく。
「ところで魔帝ってずっと呼んでいるけど、あっちの名前あるんだろ?」
振り向き、少し考え込む様子を見せて。
「確か、タチバナ・トオルだったと思う・・・」
呆れた表情で。
「なんだよ・・・確かって・・・」
「ハハ、もう100年以上前のことだからね。色々と忘れちゃってる」
その言葉に少なからずキョウは衝撃を受ける。
簡単に100年という単語を言っているが、それはどれほどの時間なのだろうと・・・。彼は一体どれほどの時間を過ごしてきたのだろう。
「それに皆、陛下とか魔帝とかしか呼ばないから、あっちの名前ほとんど使わないんだよ。だから、急に言われると思い出すのに時間かかったりする」
魔帝の言葉に答える人はいない。皆何かを考え込んでいる。魔帝をみながら。それに魔帝は首を少し傾げ、前を進む。