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第二話「庶民の少年と貴族の才媛」


 声の主は、先ほど噂していた相手・識羅(しきら)我ヶ(ががまる)だ。

 我ヶ丸は身の丈が六尺半(一九五センチメートル)あまりの大男で、元は山賊だったという。

 でっぷりと突き出た腹がたたって動きは鈍いが、腕は丸太のように太く、力でかなう者は皇都でもそう多くはないだろう。

 実際、その怪力を見込まれて、平間の指揮する小隊の長を任されていた。


 平間は平然と、背丈が頭一つ分は大きく、体重は二倍ほどもある我ヶ丸に相対する。


「我ヶ丸、何か不満があるとか」

「ありありだぜ、隊長サマよ。どうして野盗どものお宝を俺たちにくれねえんだ」

「賊の盗品は、もともとは誰かの物だ。それでも略奪したいと?」

「それだけじゃねえ、女もだ。この辺りの奴らはみんな野盗に味方していた。一人や二人いただいても、罰は当たらねえだろ」

「当たるに決まっているだろう。倒した相手から物を奪うのは盗賊のすることだ。僕は盗賊じゃない。もちろん我ヶ丸、君もだ。話は終わりだ」


 平間はそう言って、我ヶ丸の横を抜けようとする。

 が、その肩に、熊のような手が置かれた。

 振り向けば、我ヶ丸は背に担いだ(まさかり)に手をかけ、こちらを睨んでいる。

 それが脅しだと分かっていても、平間は思わず身体を強張らせてしまう。


「隊長サマよ、俺は衛府(えふ)に入ってから四十人殺した。それより前は数えきれねえ。アンタは何人手をかけた?」

「幸い、まだそういう機会は無い。何が言いたい?」

「背中の傷で死にたくなければ、黙っていろってことだ」

「……つまり、今ここでお前を“一人目”にすれば良いのか?」


 平間は我ヶ丸の目を真っ直ぐに見上げる。

 それを挑戦と受け取ったのか、我ヶ丸は顔を思いっきり近づける。


「口だけは達者だな、隊長サマ」

「ありがとう。でも残念ながら、まだまだ迫力が足りないんだ」

「……前の隊長は許してくれたぞ」

「略奪を? でも、今は僕が隊長だ」

「かも知れねぇ。だが前の隊長はアンタより上の立場だ。どうなっても――」

「略奪を禁じているのは法で、その法を僕たちに守らせているのは陛下だ。それより上か?」


 平間が首をかしげて微笑むと、我ヶ丸は頬を小刻みに痙攣させる。

 そして、地面に唾を吐き捨てて踵を返した。


「……チッ、貴族に取り入っただけのガキが調子付きやがって。夜道に気を付けやがれ!」


 その後ろ姿を見送りながら、平間はホッと胸をなでおろす。

 一部始終を見ていた紬が、呆れ顔でささやいた。


「アタシの前で『女をよこせ』って……それだからモテないんだと気付かないんですかね?」

「そういうことを言わないけどモテない僕は、どうすればいい?」


 肩をすくめて平間が言うと、紬は気まずそうに視線を泳がせる。


「あー、……忘れてください。でも、どうします? 新任とはいえ上官を脅したとなると、処断する対象になります」

「紬の言うことはすごく良く分かるけど、何もしないよ」

「何故です?」

「我ヶ丸は僕の隊で不可欠な存在だ。あの図体で敵も怯むし、実際強い」

「だからこそ、呼応する人間が出るかもしれません。そして一度乱れた規律は、そうそう元には戻りません」


 語気を強める紬は、そう言って苦々しげに歯噛みする。


「貧者の森も、最初は話し合いで物事を決めようとしていましたが、すぐに腕力の強い者が威張り散らすようになりました。アタシは、隊長殿に同じ轍は踏んでほしくありません」

「気持ちは分かった。でも、僕が隊長になってまだ一月(ひとつき)だ。我ヶ丸もじきに分かってくれる」

「……だと良いですけど」

「とりあえず、行燈を眺めるのも飽きた。隊に戻ろう」


 紬は不満げにこぼすのを笑い、平間は部隊が集まっている方に歩き出す。

 すると後ろから、思い出したように紬が声をかける。


「そういえば、さきほど隊長殿あてに(ふみ)が届いていましたよ。ちょうど、我ヶ丸さんたちが砦に火を放っているときに」

「差出人は?」

「それが、書いてないんですよ」


 淡白で飾り気のない封筒をひらひらさせる紬の返事に、平間は一瞬だけ眉をひそめる。

 しかし、すぐに納得したように笑うと、言った。


「なるほど、じゃあ読んでくれ」

「良いんですか? アタシが中を見ても」

「大丈夫だ。差出人と文面はだいたい察しが付いているし、紬は見たものを簡単に漏らす人間じゃないだろ」

「ワキが甘いですよ。アタシみたいな(いや)しい出の女を信用したりなんかしたら、そのうち足をすくわれます」

「僕だって生まれは賤しい。お互い様だ」

「分かっているんだか分かっていないんだか……でも、分かりました。読みますね」


 土を踏む足音に交じり、紙がこすれる音が響く。

 間もなく聞こえた紬の声は、彼女の困惑が大いに混じっていた。


「えーっと、『良い羊羹(ようかん)が入った』……だそうで」

「そうか、分かった。ならすぐに皇都に戻ろう」


 うなずく平間に、紬はいぶかしんで尋ねる。


「……これ、暗号ですか?」

「いいや、そのまま『羊羹を手に入れた』って意味だ。戻ったら、湯浴みをしてから発つ。汗と(すす)を落とさないと」

「でしたら、お背中を流しましょうか?」

「……いや、遠慮しておくよ。後が怖いから」

「何が怖いんです?」


 平間が意味ありげに笑うと、紬は不思議そうに首をかしげる。

 撤収作業を続ける自分の隊の姿が見えてくると、平間は大きく伸びをし、振り返った。


「わがままなお嬢様だ。これがすごく怖くてね」


 そう言って平間が怯えるふりをしてみせると、紬は眉をひそめて「はぁ……?」と間の抜けた声を漏らした。


――


【同日、昼過ぎ】


「朝からご苦労じゃな、隊長殿?」

壱子(いちこ)まで……やめてくれ」


 うんざりしたように平間が言うと、壱子と呼ばれた美しい少女が目を細めて笑う。

 平間の右手、開け放たれた障子の間からは、汚れ一つない板敷の廊下と、その奥に広がる中庭が見える。

 庭には秋の花々が咲き誇っていて、一目で腕の良い庭師が手入れをしていることが分かる。

 心地よい涼風が、瀟洒な調度の揃えられた一室を通り抜けた。


 いま平間がいる場所は、皇都の中心部に構えられた巨大な邸宅だ。

 邸宅の主は、皇国でも指折りの大貴族・佐田(さだ)氏。

 そして平間の目の前にいる少女は、佐田氏の二の姫・佐田壱子(さだのいちこ)である。

 繊細な絹の着物を幾重にも身にまとい、長い黒髪をそのまま垂らした彼女は、まさしく貴族の娘そのものだ。

 髪につけた桃色の造花の髪飾りが、なんとも可愛らしい。


 壱子は白磁のような手であごを撫でる。

 そして、嬉しくて仕方ないとばかりに顔をほころばせた。


「ともかく、無事で何よりじゃ。初陣で倍の数の賊を捕らえ、砦を焼いた。これで近衛府の大将の席も見えてきたのう」

「見えてくるもんか。衛府の長になれるのは位階持ちの貴族だけだろ」

「何を言うておる。お主なら、なろうと思えばすぐにでも貴族になれるじゃろ?」

「どうやって?」

「簡単じゃ、私に婿(むこ)入りすればよい」


 そう言って微笑む壱子に、平間はあいまいな笑みを返す。

 どこまで冗談か分からないが、平間と壱子とでは身分があまりにも違いすぎる。

 仮に二人がそう望んでも、内大臣である壱子の父が許さないだろう。


 この話題は良くない、と判断した平間は、意図的に話を逸らす。


「でも壱子、近衛大将は貴族であればなれる訳じゃない。きちんと戦功を積み重ねていかないと」

「であれば、なおのこと問題ない」

「……なんで?」

「現に、今日は野盗の砦を焼いてきたではないか。あれには(みかど)も御心を悩ませていたらしい。皇都のすぐそばに野盗の砦があっては外国の使者にも示しがつかぬし、まさしく目の上のタンコブであったろう」

「まあ、確かにね。でも――」

「『でも』ではない。お主なら出来る。私とお主なら、どんな敵でも怖くはあるまい」


 不敵に笑う壱子の表情からは、彼女の確固たる自信があふれていた。

 この佐田壱子という少女は、生来持ち合わせた美貌もさることながら、非常に頭脳明晰で博識だった。

 特に医学関連の知識は凄まじく、彼女自身も「この国の医学知識は全て私の中にある」と言ってはばからない。


 そもそも、平間が壱子と知り合ったのは、今から一年と四ヶ月ほど前のことだ。

 鵺人(ヌエビト)と呼ばれる獣人に支配された村の謎を解き明かしたり、後宮に蔓延した梅毒の出所を探しまわったりした。

 変わり種では、怪しげな宗教が広まった街に出向き、組織を壊滅に追い込んだりしたこともある。


 それらの事件の解決には、平間の貢献もあるにはあったが、やはり壱子の頭脳によるものが大きい。

 そして、そんな天才的な素質を持つ壱子が、なぜ平間のような平凡な少年に目をかけるのか、平間はいまだに理解できないでいる。

 平間はふと、頭に浮かんだ疑問を壱子に尋ねる。


「それより、今日はどうして僕を呼んだんだ? まさか、本当に羊羹を食べさせるためだけじゃないだろ?」


 目の前にぽつん、と雑に置かれた羊羹とお茶を眺めながら、平間は壱子に尋ねる。

 その問いに、壱子は視線を空中で泳がせた。


「羊羹は……おいしいじゃろ」


 意味の分からない壱子の言葉に、猛烈な嫌な予感が平間の脳裏を駆け抜けた。


――


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