斎藤過去編Ⅳ
ベッドでうつ伏せになりながら大量に送られたパンフレットをペラペラとめくる。私の部屋の中の唯一の音だ。
「どこにしようか……」
近いところが一番なのだがそれはそれで知り合いが存在するか。だからかあまり乗る気にならない。
遠い場所になると通学時間が気になる。
なるべく条件がいいところを選びたい。
飲み物を取り行くため下へ行くとリビングに大きな背中の父がいた。この時間帯にいることは珍しく一瞬心の内に小さな波がたった。
はっきり言って父親は苦手で遠ざけたい気分だ。
けれど、現実はそう簡単には行かなくて。
「お前、高校行くと聞いたぞ」
「うん、そうだよ。今まで心配かけたし」
口先だけの言葉は妙に白いリビングへと響く。知らない内に来ていた薄でのパーカーの袖を握り込んでいた。
父親はこちらを向かず、視線は新聞だ。
「そうか」
父親は私の意思確認をしたかったのだろうか。疑問に持ちつつ、冷蔵庫に手を掛け、適当に飲み物をとる。
リビングから出ようとすると「おい」と呼び止められる。
「何」
まだ、何かあるのか。
「どうして、今まで引きこもってたんだ。学校の話ではいじめもないらしいじゃないか」
初めてこちらを向いた父親。銀色のフレームの眼鏡のレンズ越しの目は物を定めようとする視線と似ている。
私は答えなかった。答える気も無い。頭がおかしいと思われるだけだからだ。視線が混じりあい静かな時間が流れる。
父親は「はぁ……」と深いため息が漏れた。頭を抱え父は言った。
「桃歌、お前が何を考えてるかさっぱり分からないよ」
それは心からの本心だろう。本音だろう。
「うん」
「いじめも遭ってない。学校に問題があるわけでもない。勉強についていけない分けでもない。友達がいないわけじゃない。お前は一体何が問題なんだ」
「そうだね。何か問題があるとしたら気持ちの問題かもね。自分でもよく分からないよ」
その答えじゃない答えは父親は納得してくれないだろう。
父親の顔は疲れていて、眉間にはシワがよる。いつのまにか年を取った親。時間は随分と長く流れたようだ。
「でも、もう大丈夫だよ。ちゃんと受験するし、無駄にした分これからも頑張るから」
芝居がかった笑顔を浮かべる。
「そうか」
それは何処か諦めたような声色だった。
部屋に戻り、乾いた喉をスポーツドリンクで潤す。
私の所為で夜な夜な両親が口喧嘩しているのを聞くことがある。最近ではそれもパタリと止み、離婚寸前じゃないかと思われる。
いけないのだ。何かも私が。
来世では両親の子供へならないよう何処に居るかも分からないよ神様へ祈るとしよう。
この傷の所為で、私の所為で両親までの人生を狂わせてしまった。壊してしまった。
申し訳ないと思う。
でも、それと同時にどうしようもない。
いつか私の世界が終わりの結末の時は何も残ってない無色の味気ない人生と化しているに違いない。
その事に痛感しながら、スポーツドリンク片手にパンフレットのページをめくる。
「ここにしよう」
同時に手を止める。
その高校は『青崎高校』。カリキュラムもしっかりしていて分野が幅広い。それに通学時間も短い。
それに都内から少し離れて、静かなところで上から苗が落ちてくるのも可能性としては低い。
そうと決まれば早い。
松岡宛に青崎高校のパンフレットとここにするというメモ書きをそえた。
確信も根拠もないが何となくこの高校がいいと思ったのだった。
3月、受験が行われ結果は合格。首席をとることが出来たが目立つには苦手で2位に譲った。
目立たないようにと思ってしたことだったが逆に目立ってしまった。計算外だがもうこういうのも一月すれば慣れたものだ。
これからが本番とはこの時の私は知るよしはなかった。
目の前に現れた同じクラスの男子。それも私とのあの記憶をまだ持っている。
これもまた神の気まぐれのイタズラだろうか。
「これを信じてくれる?」
そう男子生徒に言うと細かい文字を読み取ろうとするみたいに私を見つめる。どう思ってるかは分からない。
けれど事故防衛反応というものか己が傷つかないようの、何も期待してない自分がいたことに安心していた。
胸に空いた風穴から冷たいものが吹いているのはきっと気のせいだ。
「信じるよ。その話」
彼はそう言った。ハッキリと。私に目の前で。意外なほどあっさりと。
きっと私は狐につままれたようにポカンとした表情だろう。
それほどにだ。
絶望さえ感じた世界に希望の光があるとどうにも疑ってしまうのは私だけか。
おかしいでしょ。そんなの。