斎藤の誘拐III
「遅かったわね」
「お前何してるんだよ」
「見ての通りよ」
「すまん、斎藤。いい年したオッサン達が女子高生に全力土下座している光景で、到底理解が及ばないのだが」
ついでにいい年したオッサン達は何かに怯えてガクブルと震えている。
ーー訂正。斎藤に震えている。
当の斎藤はパイプ椅子から立ち上がり、右手を腰に置き、
「っで、誰の差し金?随分と誘拐か手慣れてなかったようだけど?」
「それってどういうことだよ?」
キリッとした斎藤の目が俺を捉え
「ちょっと黙ってて」
「はい」
即答した俺は情けない。いや、だって斎藤が怖いから。怯えない方が無理だというものだ。
年上相手に土下座までさせた女子高生にビビらない奴が何処にいると言うのだ。
少なくとも俺は知らない。
「早く答えて」
斎藤を誘拐したオッサンの一人が答える。そのオッサンはまるでオッサン代表だった。小太りに少しだけ生えた髭。まぁ、オッサン代表の瞳は怯えの色を含んでいるが。
「えっとですね。あなた様なら誘拐しても大丈夫だという神の声が聞こえたので。いや、寧ろするべきだと」
斎藤の瞳は一層鋭くなって、
「あんた自分が何言ってるか分かってるの?どっかの宗教にでものめり込んでる?」
オッサン代表はブルブルと顔を振る。
「いいえ、宗教どころかそういう類は全然」
「じゃ、何で?」
するとオッサン代表の右隣の痩せている長髪のオッサンが答えた。
「それは、半年前ほどから毎晩私達の夢の中で囁くのです。『斎藤桃花を誘拐して、殺せ』と。私達3人全員です」
何というオカルトな話だ。俺が素直な感想を抱いていた頃、しっかり者の斎藤は
「へぇ。あんたらは私を殺そうとしていたのね」
「「すみませんでしたー!」」
口を揃えて言うものだから、俺も斎藤も若干引いてしまう。
「呆れた。じゃぁ、あんたらはその夢の中で囁かれただけで実行するの?馬鹿なの?」
最後のオッサン。眼鏡を掛けた身長低めのオッサンが答える。
「そ、それは。そのあなた様を殺せという他に『成功したら永遠の富を与える』と言われまして。俺たちは3人とも金に困ってまして。だからつい」
「ついって……」
思わす呟く俺に倒しオッサンじゃなく斎藤が応答した。
「人間そういう時もあるわよ。辛くて苦しい現実が、犯罪一つすることで自分が救われるなら、誰だってしてしまうわ。まあ、犯罪を推奨するわけじゃないし、ただ人間間違いを犯すことだってある。そう言いたいの」
斎藤の言葉にパッと面を上げるが、「だからと言って、あんた達を易々と許すつもりはないけど」と続いた台詞にがっくしと項垂れる。
鬼畜だ……。
再び口を開くオッサン代表。
「私達3人その夢の中の主をいつしか神と呼ぶようになりました。しかし、人生の幸せに飢えていたとは言え、あなた様……未来がある子供に酷い事をしたと反省してます。こんな事をして何ですがこいつだけは許してやってくれませんか?」
オッサン代表が視線を移したのは小太りのオッサンだった。
「その理由は?」
「はい。こいつにはこの3人の中で唯一家族がいまして……だから、その……」
「ふぅーん。それで許してほしいと?未遂とはいえ、犯罪をして、しかも金目当てで誘拐をしていておこがましいにも程があるわ」
「斎藤……」
斎藤の瞳の色は微かに怒りが浮かんでいて、そう思うのは仕方ない。だが、俺がオッサン3人に同情を抱いていて、少しだけ斎藤は酷いと思った。いや、正しいのは斎藤だ。ここで、斎藤に何か言ったら理不尽にも程がある。
「それをどうか!!」
オッサン代表が床に頭を擦り付けるように土下座した。こればかりは、何か感情を抱くなというのが無理というもの。
俺が出る幕ではないと分かっている。当の本人の問題だ。俺は部外者とも言えないが、関係者というのも図々しい。
「普通の人なら、その家族がいるという犯罪者に対し目を瞑るでしょうね」
オッサン達を見る目は何の感情を抱かない。いっそのこと冷たい眼差しを向けられた方がまだましだ。
オッサン代表は「そうですよね」と諦めを含んだ言葉を漏らす。
長い息を吐いて目を閉じる斎藤。何かを考えているように見えるが、感情を落ち着かせようと強制しているように見えた。
斎藤は短く息を吸って、
「あんたらはみたいな社会のクズがいるから、馬鹿みたいに頑張っている奴が裏切られるの!簡単に何かを手放そうとするから、いつも気づいたときがもう、手遅れなの!楽して幸せ?ふざけるんじゃない!そんなこと考えてる頭があるならもっと真っ当なことを考えろ!そのノミ以下の脳味噌で!」
辺りは沈黙した。全員が言葉を失うが斎藤だけが世界を作る。
「……き……ろ」
オッサン3人がキョトンとした。勿論、俺も。
「死んで詫びろって言いたいけど、大人な私が寛大な器で許して上げないことはないわ!だけど……」
「さっさと私の視界から失せなさい!!」
倉庫どころか外まで聞こえたであろう相手を飛び上がらせる程の大声だった。
「「……はい!!!」」
一目散に逃げるオッサン達。
静かな倉庫に俺と斎藤だけが取り残された。
斎藤は鋭い視線だけをやり、
「帰るわよ!」
と、体を翻しした。
俺は呆然とし、時差で斎藤の背中を追いかける。
「おい、待てって!」
ーー斎藤は俺が思ったより、強く生きている。




