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斎藤の誘拐I


「斎藤!」


俺は叫ぶことしか出来なかった。

今、目の前で起きた事に。

空気を上手く吸う事もろくに出来ず、小さくなって行く白いワゴン車を見送る。

「斎藤……斎……藤」

周りはざわめき声が次第に大きくなるが俺にはそんな事も気にならないくらい動転していた。

歯が金物のようにカタカタと音がなって、自分から発せられていた事に気づくのがらしばらく時間が掛かった。

心臓が痛いほどにドクンドクンとなっている。

「あ……あぁ……」

悲鳴に近い掠れた声が漏れる。

「そうだ、警察」

震える手で鞄から携帯を取りだす。スライド式の携帯でやっと通報した。ワンコールすると若い女の声が聞こえた。

「もしもし、こちら警察です。事故ですか? 事件ですか?」

ーー斎藤が誘拐された。俺の目の前で!

そう言いたいのになかなか言葉に出来なくて、携帯の向こうの相手は焦ったように質問を繰り返す。

「もしもし、大丈夫ですか? 事故ですか?事件ですか?」

何も答える事も出来なかった。

「どうしたの? お兄ちゃん」

聞き慣れたソプラノの声は妹の真弥だった。紺色のセーラー服に包んだ真弥は俺の顔を見るなり、見てはいけないものを見たようにはっと息を切る。

「お兄ちゃん、もしかして振られたの?」

余りにも的はずれな解答に思わす「違うわ!」と突っ込む始末。

「なーんだ。元気じゃん。つまんなーい」

あからさまに落ち込む真弥に呆れつつ、俺はやっと正気を取り戻す。

「……何やってるだ俺」

傾きつつあった心にバランスが取れていくのを感じた。大分、野次馬も姿を消し、日常を取り戻す。

「っで、お兄ちゃん。一大決心の告白で文字通りの当たって砕けろ! をした訳じゃなかったら一体どうしたというの?世界が終わったみたいな顔してさ」

「それは……」

言葉が詰まった。今、妹に斎藤の事情を暴露しても何も変わらないというのに俺は何に助けを求めんだよ。

今までの笑みをふと消した真弥。

「それって、妹にも言えないこと? 」

「それは……」

再び、真弥の顔に笑顔が浮かび、

「さっきからそれはしか言ってないし。妹に言えない事って破廉恥なことなのかなかなー?」

クッククと笑う真弥は宛ら、小悪魔のようであった。

「お兄ちゃん。可愛い妹ととお話ししてていいの?随分と焦っていたようだけど?」

「そうだ。早く追いかけないと!」

「誰を?」

「クラスメイトだ。じゃあな」

「あーはいはい」

「それと、ありがとうな。真弥」

「えっあ、うん。ーー頑張って」

「あぁ」



ーー追いかけないと!








「あぁ、なんだかなー。帰ろう、家に」






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