信じたモノ
朱を含んだ紫陽花色の夕空が街の上に広がる。
正直、信じようとは思わなかった。けれども、あの斎藤が言うのだ。冗談も言わなさそうな無表情の斎藤が。信じるしかないだろう。
話してる途中、瞳から垣間見た諦めを含んだ色は俺の目に焼き付いた。
「信じるよ。その話」
話を聞き遂げたあと、自然に出た言葉。斎藤は驚きの色を隠せず、終いには「馬鹿なの」という言葉を頂いた。
馬鹿でもなんでもいい。信じたいと思った。ただそれだけだ。他意はない。
「要するにだ。斎藤の右腕の傷があるときは斎藤自信に危険がある。でもその事実の記憶は持っておるほど忘れていくってことだろう?」
「そ、そうだけど。でも、普通疑わない? 廚二病だとか、精神的可笑しいとか。それか、貴方詐欺に引っ掛かりやすいお人好し?」
「思ってないよ」
何度も疑う斎藤に苦笑しつつ、「信じるよ」ともう一度言った。
すると、猜疑心に満ちた目で見られた。
「そう。明日、忘れてるかもしれないけどこれは他言無用だから」
足元を見ながら話す斎藤。
不安なんだろう。きっと。斎藤は今、後悔してるかもしれない。俺に話したことを。当然言うつもりもないし、出来ればこの事実を忘れたくなかった。
「分かったよ。日が暮れたし送るよ」
と、俺らしくない台詞だった。
「バッッカじゃないの!」
怒鳴れた。
うん、まぁそうだな。普通。会って話して間もない内に言われたら、俺でもキレる。
「じゃぁ、気を付けて帰れよな」
あの話を聞いた後、斎藤を一人にするのは心配だが右腕には傷も浮かんでなかったし大丈夫だろうと思いその場を立ち去る。
空が闇に覆われた頃。
俺は珍しくデスクに明かりをつけ、適当にあった大学ノートに斎藤の赤い傷の事を書き込んだ。
内容は斎藤の傷のこと。聞いた日付。場所。
何でもいいから書き込んだ。
明日になることが、寝ることが怖かった。もし、斎藤の事を忘れたとしても、忘れているのだから何の支障もその時の俺はない。
帰ってきてから、一旦寝ようかとしたが眠りに落ちる寸前、不安な気持ちが呼び起こされた。心臓もドクンと一度大きな音を立てた。
それから得たいの知れない不安を掻き消すように書き込んでいた。
ページ丸々見開き1ページ書いた。
「これも消えるか……?」
このノートが明日には俺の記憶とともに消えているかもしれない。事実が消えるというのは、つまりそういうことなんじゃないだろうか。
記憶だけじゃなくて、物的証拠さえも無くなってしまうことだ。
魂まで抜けそうな深い溜め息をついた。
考えたってしょがない。
平平凡凡な俺だしなーと自虐してみた。
あぁ、何だか虚しいや。
多分、俺が斎藤の事を考えるのはアレだ。所謂自己満足というやつだ。斎藤も忘れてほしそうだったし。
忘れてしまってあげた方が俺も斎藤も幸せの策なんだろう、きっと。
でも、今日だけは。
建て前かもしれないけど。
――斎藤の事実を覚えていてやろう。
眠気に逆らわず眠りに落ちた。




