恐怖の心霊研究
ふと声が聞こえたかと思うと…いつの間にか隣に資格女史こと石嶺女史が立っていた。
「どわぁ! 石嶺女史、いつの間に!?」
それはまさに、気配のない隠密のようであった。
「暑さの自由研究をしているからって、アンドレ先生に聞いて来たんです」
「いや、確かに怪しいもの持ってるけどさ…この水鉄砲は広範囲にわたって研究できるようにと思っての、あくまで研究道具であって」
「確かにそれも変ですが、顔つきが怪しいという意味です」
「ああ、そっちね」
「真面目にやってるかと思えば、女の子にデレデレですか。みっともない」
「でっ、デレデレなんてしてないよ!」
女史の不機嫌な様子が窺える。どうやら本人にそのつもりはなくとも、表情は緩んでいたようだ。また表情が未来に飛んでいた。
「可愛い子ですね。彼女さんですか?」
「彼女!? とんでもない、あの子はただのクラスメイト! それに僕みたいなダメ人間なんかが逆立ちしても釣り合わない合唱部における夏服のマーメイドだよ」
僕がそういうと不機嫌だった女史は少し考え込み、納得したように答える。
「あの子が噂のマーメイドさんでしたか。確かに、伊勢君には勿体なさすぎますね。あと一点で試験の合格点なのに、ギリギリで落とすくらい勿体ないですね」
「それは勿体ないね…って、そこまでいう!?」
「まぁまぁ。それに可愛いだけでチヤホヤされている女にロクな奴はいませんから」
あっさり憧れたる夏服のマーメイドを否定された。
「でもさ、彼女、成績も優秀だよ? 学年でも常に上位だし。それに次の合唱コンクールでも入賞確実視されてるくらい歌唱力もあるしさ。魅力は可愛いだけじゃないと思うけどな」
「伊勢君は女をわかってなさすぎです。マーメイドなんて言われて、可愛くて成績優秀、さらに才能も持ち合わせているという完璧な女ほど世の中怖いものはありませんよ。噂では男子を大量に難破船にしているそうじゃないですか。裏では男を手玉にとって、転がして捨てて、難破したその姿を見るのを楽しみにしているのが本性と見ました。マーメイドとはそういう種族です」
「でも優しいし、今度のコンクールに僕を誘ってくれたんだよ」
「それこそが誘惑なんです! コンクールの歌で誘って、その気にさせて、すぐに振って…伊勢君の心は今頃どこにいる。byサザン」
「うっ!」
サザンの『海』の歌詞が胸に突き刺さる僕。
「正に難破パターンじゃないですか」
ガーン! マーメイドだけに『海』がよく似合う…って言ってるじゃない。言われてみれば、男の喜ぶシチュエーションをうまく操っていることに気づく僕であった。夏服のマーメイド…名前は可愛らしくてもやはり、彼女も魔の一族なのか。そして、ここまで恐ろしいものなのか? 石嶺女史が突きつけた言葉に衝撃を受け、僕は膝を折った。
「あなおそろしや…マーメイド」
「良かったですね、騙される前で」
何を落ち込む。高嶺の花なんて…そうさ、わかっていたことじゃないか。手が届かないことなんて。そんな美味しいラブコメなんてありえるはずないもんな。じゃなきゃ、彼女いない歴=年齢なわけがない。
「ふっ…ふふ、知っていたさ。どうせ僕なんか最初から相手にされてないってね」
せめてもの強がりを言ってみる。
「その割には一段と怪しい顔つきでしたが」
「それは、急にマーメイドがあんなモーション仕掛けてくるから! から、から…」
「から…何ですか?」
「そういえば自由研究の途中だった。当初の目的をすっかり見失ってた」
「あなたという人は…本当に何を考えているのですか? それで一日補習を免除してもらったのでしょう」
「でっ、でもさ! 打ち水はけっこう体感温度を下げるってところまでは進んだんだよ! あとは本題の『心霊体験はいかに体感温度を下がるか』という実験を今夜にでも実行するだけ」
あっ、思わず自由研究の本当の内容が口からこぼれた。
「心霊…ですか? 暑さの自由研究しているのでは?」
「そっ、それはあくまで一部であって。実は『心霊体験はいかに体感温度を下げるか』っていう研究なんだ」
石嶺女史は黙ったままである。気まずい雰囲気の中、「また怒られるなぁ」と内心ひやひやする僕。しかし、彼女の顔をよく見てみるとこれまでに見せたことのないような青ざめた表情をしている。もしかしたら、心霊とかオカルトとか苦手だったりして? ここぞとばかりに仕返しのチャンスがきたと僕の悪心が、彼女に安い挑発を仕掛ける。
「もしかして女史、怖いんでしょ? 意外と幽霊とか苦手そうだし」
だが、言った後に僕は後悔した。この女史にこけおどしが通用するとは思えず、それどころかカウンターパンチが返ってくるかもしれないと判断したからだ。彼女と同様に今度は僕の方が青ざめたが…
「なっ、何を言ってるんですか、ばっ、馬鹿らしい。私はそもそも興味がないだけです。幽霊なんて、非現実の極みですし、別に怖いとか、そういうの…ありえませんし! ってか、興味ないですし!」
あら~…安い挑発に乗ってきてしまった。明らかに動揺してるじゃんか。
意外に可愛いところもあるんだなぁと思ったのも束の間、普段の仕返しに脅かしておくのも悪くないと思った。僕の悪心がさらに仕掛ける。
「じゃあ今日の夜、心霊研究に付き合ってよ」
「えぇ!?」
「ちょうどこの高校は七不思議があるみたいなんだ」
「な、七不思議があるのですか!?」
「そう。僕らが通う大録高校は創立から50年以上経ってて、学校の怪談ばりに七不思議の噂があるんだ。まず第一の不思議としてね…」
「やっ、やめてください! 馬鹿らしくて、聞くに堪えません」
にゃはは、良い調子でビビってる。耳をふさぐ女史をおちょくる僕。
しかし、ここである疑問が出てきた。幽霊に怖がる女の子を追い込むのはなかなか非道ではないか? 男はむしろ守ってあげる立場だろうし…
(う~ん)
少し悩みはしたが、普段さんざん僕をいじめ抜いてる奴だ。この際、遠慮はいらないだろう。
「怖いの? なら、無理しなくてもいいんだよ? 怖がり屋さんの可愛い女史♪」
「なっ! 馬鹿にしないでください! 付き合ってやらーうじゃあり〇△×※」
後半なんて言ったんだ? 動揺しまくりじゃんか。
「ま、まぁ、私がいれば科学的観点からの解説をお、行いますから、体感温度は下がらないと思いますよぉ」
女史は格下の僕に弱さを見せたくないのか、強がって僕の悪魔の誘いを断らない。
「後で吠え面かくなよ~」
「う、うるさいです!」
思惑を秘めた僕の顔は、きっと悪い顔をしていたに違いない。
「じゃあ、いつでも連絡できるよう、ラインのアドレス教えて」
「い、いいですよ」
こうして僕らは互いのラインを交換する。自由研究を進めるはずが妙なことになったなぁ。まぁ、楽しそうだし、あんまり考えこむこともないか。
その後、本日の自由研究を一旦切り上げ、僕と女史は一度帰宅することになった。早速交換したラインで午後8時に校門前で落ち合う約束も取り付けた。
僕はというと、研究内容をアンドレに話し、夜の学校に入る許可をお願いをする等ぬかりはない。アンドレは呆れていたが「好きこそなんちゃらだな」とかいって、しぶしぶ了承をしてくれた。無事、校舎の鍵も借り、時間はあたりが暗くなった午後8時。
僕と女史は再度、校門前で無事合流する運びとなったのであった。
「よく逃げずに来たね」
「に、逃げる理由がありませんから。それに、ゆ、幽霊なんて存在しないです」
「ともかく、早く始めようよ」
「わ、わかってます!」
こうして、恐怖の実験が開始されたのだった。