自由研究
さらに翌日…石嶺女史お喜びの宿題デーが訪れ、彼女は嬉しそうに宿題プリントへ取り組んでいる。うむ…さすがは資格女子というだけあって強者感が半端ない。石嶺女史だから、この際、資格女史の方がわかりやすいか。
そんな僕と女史の宿題競争が始まった今、宿題デーというせっかくのチャンスを見逃す手はない。僕もまた比較的マシな文系の宿題に取りかかることにした。その日は国語の宿題である一学期の漢字おさらいプリントをなんとか数ページ片付け、読書感想文用の本を読んだ。
正直、読書感想文なんてどう書けばいいのかわからない。今までの国語の愚教師が教えてこなかったのだな、きっと。なので、僕は対策として昨日、本屋で『作文の書き方』なるものを購入し、その感想文を書く事にした。まぁ、よくわからん感想文になりそうだが、本筋は外れていないだろう。要は本を読んで、感想文を書きゃあいいんだから。
明日からは社会科に取り組もう。社会科は気になるニュースを新聞にして作成せよとのこと。面倒だが資料がある分、これらは比較的ラクである。要は新聞とかの記事を自分風アレンジにしろってなもんだ。なるべく文字を大きく書いて枠を埋めよう。ご老人にも読みやすいように作成しましたとかなんとか言って。
お次は英語。英語はプリントの束だけだ。しかし、英語も赤点だったからなぁ…英単語やら文法などをしっかり復習しつつ、進めなければいけない。これまでとったノートをしっかり見直しながら片付けよう。大丈夫、ノートだけはしっかり取っていたから問題はないはず。
となると問題は残りの理科と数学だ。数学のプリント集と理科の自由研究を早急に片付けることが勝利の鍵となりそうである。苦手ツー・トップのこいつらばかりは自分の力ではどうにもならないので、作戦を立てる必要がありそうだ。そんなわけで本日の宿題デー終わりに僕は交渉を行うべく、とある男を訪ねることにした。苦肉の策だが…もう、これしかない。
「なんだって!? 補習外で数学を教えて欲しい?」
放課後の職員室で、アンドレは素っ頓狂な声を上げた。周りの教師が何事かとこちらに視線を向ける。ばつの悪いアンドレは他の教師に軽く頭を下げ、小声で僕につぶやきかける。
「とうとう補習で壊れたの? 勇之助?」
「いや、それが教師の言うセリフですか!? 僕が勉強するのそんなにおかしい?」
驚くだろうなという予想は的中したものの、続く言葉は卑下の言葉。まぁ普段が普段だからな、しゃーないか。
「いや、そういう訳じゃないけど…でも、またどうして急に?」
「あの石嶺って子と宿題の競争してるんです。僕は馬鹿だけど、男としてどうしても負けられないものがそれには懸かっていて…勝ちたいんですよ、とにかく。その為にはアンドレ先生の力がどうしても必要なんです」
「宿題競争? そんなことをしてんの、君たち?」
「ええ、まぁ」
「勇之助がやる気になってるのは良い事だし、問題はないんだけど…ただ、本当にやる気はあるんだね?」
「今回はガチで、やる気ありッス!」
「うーん…わかった! 同じ狩り仲間だ、力を貸そうじゃないか」
「っしゃーーーー」
そんなこんなで補習終わりで数学のプリントを進める日が始まり、一生懸命プリントに打ち込む僕にアンドレは意外と優しかった。1日、2日と終え、苦手なこの数式がいつまで続くのかと不安こそ多かったものの、人の慣れとは恐ろしい。3日経った辺りからそんなに数学も苦じゃなくなってきたのだ。女史はそんな僕に感心している様子だったが、それもこれもこの憎き資格女史(すっかり呼び方更新)に恥ずかしい事をさせるため! その余裕面を今に泣き面に変えてやるのさ。そんな思いから開始11日で順調に数学、国語、英訳、社会の宿題を片付ける事に成功した僕であった。期限は2週間だったから、残すところあと3日…
「だいぶ宿題は片付いたけど、問題は理科だな」
そう、まだ理科の自由研究が残っていた。残された日にちでこの一番厄介なやつを片付けなければならないのだが、理科は僕の最も苦手な教科だ。これまでの僕を知っている人ならば、僕が手頃な研究など思いつくはずもなく、タイムロスして最後に負けると誰もが判断するであろう。かなりの窮地だったが、こんな状況に負けず僕の脳内電球は光り輝くという荒技を決める。
(ピンポーン)
とな。
「閃いたぞ! 心霊の研究なんて面白そうじゃないかな」
暑い暑いと毎日言っていた僕は、この暑さを和らげることと趣味の心霊が研究に結びつくのではないかと思いついた。研究タイトルはズバリ!
『心霊体験はいかに体感温度を下げるか』である。
うんうん、我ながらなかなかユニークな発想だ。こう見えても、僕、怖い話はゲームと同じくらい好きなのである。それは母親に頼んで、稲川淳二のファンクラブに入れてもらうほどだ。月に一度の会報も送られてくるし。でも、まさかここで自分のオカルト好きが一役買ってくれるとは思ってもみなかった。趣味はいつ、いかなる場面で役立つなんてわからないものである。みんな、好きなことに無駄はないぞ。
「よし、色々と準備して明日から取りかかろう」
こうして宿題競争から12日目、まだ期限的に少し余裕はあるものの、早速僕は研究にとりかかることにした。本日の補習日程については、自由研究を進めたいとアンドレから免除の了承はもらってある。心置きなく、実験しよう。
(まずは暑さを和らげる各方面の研究データが欲しいな)
そう思った僕は比較対象として、打ち水でどれほど体感温度が下がるのかを実験してみた。朝から温度計と水鉄砲(大型)を携えた僕は学校のピロティーで実験を行う。なぜ、水鉄砲かって? だって、これの方が持ち運びが便利そうだからだ!
この姿だけを見た人は、まさか僕が心霊研究を題材にした自由研究を行っているとは夢にも思うまい。まぁ、水鉄砲を持ってウロウロしている時点でただの変人になりかけてはいるが、この際あまり気にしないでおこう。
「しかし、暑いなぁ…さすがは夏」
日なた、日陰と水鉄砲で水をまき、汗ばみながらも分単位で温度計の数値をコツコツ記録していく。勉強が苦手な割には、かなり真面目に研究をしている気がする。よし、次の温度を記録したら場所を変えよう。そう思ったとき…
「だーれだ?」
異変…というか何かが起こった。不意にうしろから女性の声がしたかと思うと、手で両目を押さえられたのである。声から判断すればアクションを仕掛けてきたのは女性なのだが、石嶺女史にしては声が明るすぎる。彼女以外にこんなイタズラをする女子は僕の脳内データ(大したことはない)では検索できない。いや、待て…例えばクラスメイトだと考えると、誰かしらヒットするかも知れない。聞き心地の良い、可愛らしい声からして、まさか、もしかして…
「な、成海さん?」
「せいかーい」
「ええええー!?」