命名! 資格女子
「ほら、しっかり教えてあげますから、一から始めましょう」
「うん…」
観念した僕は彼女に言われるがまま、まず、数学のプリントに取りかかることにした。ところが…
「うっ!」
「どうかしました?」
思い切り数学の問題を凝視したため、思わずめまいが。暗闇からイキナリ太陽光を浴びたモグラのような声を出す僕であった。
「イキナリの数式にめまいがしたもんで」
「はぁ…君、末期ですね。そんなんじゃあ、私の方も教える前から疲れちゃいます。こうなったらスパルタでいくしかありませんね」
「ええっ!? スパルタ?」
「文句言わないでさっさと解いて下さい」
「はい…」
ううっ、自分が惨めでならない。時刻は午前10時15分…こうしてアンドレよりも辛い補習がスタートした。
「ここはこう?」
「違います。普段の授業で何を聞いているんです? ここは公式を当てはめるんです」
「その公式って?」
「教科書に書いてあるでしょう! 見て下さい!」
「はい…」
あまりにも辛らつな言葉に、何度も心が折れかけるも、スパルタな先生の指導にどうにか耐える僕。それから、どのくらい時間が経ったのだろうか…気がつけば太陽が姿をくらまそうとする午後7時頃、ようやく僕らの本日のプリント課題は終わりを告げた。
明らかに僕のプリントに時間がかかり、頭の良さそうな女子のプリントもそれに比例して終わるのが遅くなってしまった。深夜までの居残りはなんとか逃れたものの、僕は机にうな垂れ、もう起き上がる力は残されていなかった。そんな僕に対し、スパルタな先生がこう言い放つ。
「はぁ~、疲れました。こんなんじゃ自分一人で勉強する方がずっと楽です」
勉強終わりの第一声がそれですか。
まぁ『よく頑張ったね』なんて言葉は期待していなかったが、なかったらなかったでそれは寂しいものである。仮に、そんなことは勉強を教えてもらっている過程でわかっていたとしても…である。
それはさておき、やっと彼女と勉強以外の会話ができる安らぎタイムが来たため、うな垂れながら、僕はある質問を投げかけてみた。
「それでさ、さっきの話に戻るんだけどさ…その簿記の試験、受かったの?」
「はい? 当たり前じゃないですか。高校初の夏休みを捨てたんだから、受かっててもらわないと無残すぎます」
「そうだよね、頭良いもんね、君」
自信満々に答える彼女にちょっとイラッとしながらも、やはりすごいなというのが正直な感想だ。普通、高校に入ったら中学3年の頃の受験戦争を忘れるため、思い切り息抜きを考えるものだ。まぁ、僕は息抜きしすぎだが。
とにかく今のうちから資格取得を目指す…ってことは、将来をしっかり考えていると思う。こういう方々は僕らダメ学生と違って、色々としっかり考えてるんだろうなぁ。そんなことを思う僕の目は、きっと遠くを見つめていたに違いない。
「女子高生が資格、資格女子高生、資格女子…」
その時、なんとなく頭に浮かんだ言葉を言ってみた。
「ん? 資格、何ですか?」
「資格を取る女子で、資格女子ってあだ名いいんじゃないかな? 数々の資格試験をバッタバッタと切り開き、突き進む女子にのみ、名乗ることを許される称号。なんかかっこよくない?」
なにやら考え込む資格女子(勝手に呼ぶ)であった。
「あまり可愛い名前じゃないですね」
テンションが上がる僕に対し、彼女はイマイチな反応である。まぁ、そりゃそうだろうな。正直、リケジョとかそういう類には僕もあまり興味はそそられない。女子はやはり二次元の美少女や学園一の高値の花に限る。僕のクラス内で言えば、例えばクラスのマドンナ、成海さんとかね。
さて、気力も尽きかけてる上に、滑った話題をこれ以上続けても仕方がない。僕は話題をさっさと切り上げて帰り支度をした。
「ねぇねぇ、プリントも終わったし、僕もう帰ってもいいかな?」
「資格女子ですか、ふふっ、変な名前ですね」
ところがどっこい! 切り上げようとしたのも束の間、意外にも目の前の女子はこのフレーズが気に入ったらしく、クスクスと笑っている様子。とりあえず頑張っている者に与えられる称号というのは、聞いてて悪くなかったようだ。名前自体は可愛くはないらしいが、僕は彼女を資格女子と命名することに決定した。
「気に入ったの? 資格女子のフレーズ」
「そ、そんなことはありません。あまりにも馬鹿げていて、かえっておかしいのです」
あっさりと否定される。そんなツンツンな資格女子ではあるが、不意に笑った顔は無邪気で可愛らしかった。先ほどまで僕を指導していた女教師のような雰囲気はすっかり隠れてしまっている。思わず、そんな彼女の顔をジーッと見つめていると、ハッと自分の表情の緩みに気づいたらしく、凛とした表情へと戻す。
「なに人の顔をじっと見てるんですか」
「あっ、ごめん」
笑った顔を見られての恥ずかしさからか、彼女はコホンと咳払いをして、僕と同様に帰り支度をする。
「今日のプリントは私が職員室に持って行きます。そのついでに戸締まりもしておきますから、君はもう帰っていいですよ。では、また明日」
「うっ、うん」
「どうしました? もしかして嫌なんでしょう、明日も私に勉強させられるのが。そんなんじゃいつまで経ってもですね…」
はっ、まずい。そういうつもりじゃないのに話がややこしい方向へと向かっている。ここはなんとか誤魔化さなくては。
「べっ、別に嫌じゃないって。ただ、明日も頑張んなきゃな~なんて思ったりして」
「当然です。その為の補習なんですから」
「だよね、ははは」
乾いた笑みを浮かべる僕。
「言っておきますけど、明日もスパルタですからね」
「マジっすか」
「では」
そう言い残すと、彼女は僕の分のプリントも持って、教室を出て行く。いろいろと厳しい事をいう女の子だったけど、また明日…その一言に、悪い気がしない自分がいることも確かだった。