女史の作戦 パート2
僕は特に声をかける訳でもなく、二人の後をコソコソとついていく。集合場所へと向かう途中、ふとそんな僕に気づいた山城と有善が不審がった様子。
「ちょっとイセユウ、なんでついてくるわけ? もしかしてアタシ達の勝負を間近で見るつもり?」
「僕にも僕なりの事情があるわけ。まぁ、いまにその理由がわかるさ」
「変なやつだな、イセユウは」
怪しがる二人の後を黙ってついていく僕であった。集合場所へ到着すると参加生徒に紛れ、女史の姿があった。
「ハーイ、石嶺女史~…って、あんたパートナーは?」
一人で待機している女史に対し、山城が挑発的な言葉をかけていた。僕はそんなやりとりに関わらないよう、無視するように女史の横へそそくさと行き、スタンバイする。女史から手渡された11組の水色の鉢巻きを頭に巻き付ける。
「ちょっと、イセユウ、あんた何してる訳? なんでそっちの鉢巻き巻いてんのよ!」
山城が驚きの言葉をあげる。だが、そんな山城を他所に僕は淡々(たんたん)と答えた。
「見たらわかるだろ、君らと勝負する為だよ」
「ハァ!? あんた正気?」
山城の痛い言葉が飛んでくる僕だが、そんな僕に、今日だけは味方である女史がフォローに入った。
「正気も正気、大正気です。これはあくまでハンデの代わりというやつです」
「そもそもクラス違うじゃないのよ、あんたたち。その辺りどうなってるわけ?」
「まぁ、その点はあれこれ工夫しまして」
女史と山城が言い争っている。そんな中、ふと肩に手をポンと置かれた。見てみると、有喜が不敵な笑みを浮かべている。
「イセユウ…まさか、おまえが参戦してくるとは思わなかったぜ」
その表情はどこか嬉しそうだ。
「やっぱ勝負はこうでなくっちゃ面白くないよな」
嬉しそうな有喜とは対照的に、山城はえらくご立腹な様子。女史とのやり取りをいったん保留にして、ズカズカと僕らの方へと詰め寄り、声を荒げる。
「有喜、アンタねぇ! 呑気なこと言ってる場合? こいつ、私たちの敵になるってことなのよ? それはクラスの敵にもなるってこと!」
山城が僕の方を指さす。その剣幕に押されつつも、ここまで来たらば、もう引く訳には行かない。
「とにかく、これが僕の答えだ」
僕はそう答えた。
「ああっ!?」
山城の怒号に思わず逃げ腰ポーズになる。やばい、山城の怒りゲージがどんどん蓄積されている。このままは勝負の前に、一発ほど鉄拳をもらいそうだ。
「まぁまぁ、落ち着きなって。要は勝てばいいんだろ? そんな取り乱してちゃ勝てるもんも勝てなくなるぜ」
「わかってるわよ!」
怒り心頭の山城を諭すなど、有喜の大人な一面が見えた。助かりはしたが、それよりなにより、こいつは本当に勝負を楽しみにしているという感じだ。肝心の勝負に気は抜けないと、僕も気合を入れ直す。
「とにかく、勝った方が言い分を通す。文句はないよな!」
「ああ。だが、イセユウ、俺らが勝ったらお前は成海さんのファンクラブだぞ。嫌とは言わせないからな」
「それは嫌だ! 山城じゃなくてお前の条件だろうが。だって、成海さんのファンクラブに入ったら交流は一切禁止だし。そうなれば、今の友達としての関係も白紙じゃないか。せっかく雑談できる仲になったのに、今更あと戻りできるか! そんな夢見ることさえ許されない学園生活なんてまっぴらごめん、辛すぎる」
「そもそもテメーが成海さんと良い感じになれると思ってんのか? 現実に帰ってこい」
「わからないだろう、人生なんて!」
白熱する僕らの言い争いに、山城は首を傾げていた。
「あんたら何の話してんの…」
そんな最中、とうとう体育教師から注意が入る。
「ほら、そこ揉めてないで、早く入場位置につけ」
教員に注意され、しぶしぶ列に並ぶ僕らであった。
「っつーか、イセユウさ、そんなにあたし達が嫌な訳?」
9組、10組を挟んだ列の前から、11組の位置にいる僕に対し、山城が問いかけてくる。そのプレッシャーはなかなかのもの。おいおい、巻き込まれて困ってるぞ、前の組の奴ら。
「そうじゃないよ。でも僕は…」
「僕は何よ! ゆうてみなさい!」
「僕はね、ただ自由でいたいんだ。行動をイチイチ君に決められたくない」
「うーわ…もう完全にアッタマきた。あんた、マジでぶっ潰すからね!」
うっ…山城の目が鋭く光る。この目は獣の目だ。嗚呼、競技が始まる前からこんなんで本当に大丈夫だろうか。
そんな不安を秘めながらも入場曲が鳴り、僕らはグラウンドのトラックへとスタンバイした。僕と女史は互いの片方の足を鉢巻きと同じ水色をした布で縛り、スタート位置へとつく。
「あの、伊勢君」
「なに?」
「私達、めちゃくちゃ睨まれてますよ」
女史が少し前方の方角へと目配せする。
「おわっ!」
前の8組スタート位置から山城の恐ろしい眼光が…先ほどより一層、鋭さを増しており、むき出しの闘気を惜しげもなくこちらへと向けている。気を抜けば吹き飛ばされそうな程のプレッシャーだ。
「あれはもう、今更どうにもなんないよ」
「それもそうですね」
弱気に答える僕に対し、女史も納得する。そんな僕らを他所に、勝負は無情にも戦いの時を待ってはくれない。
「それでは位置について、ヨーイ…」
スターター係の声がグラウンド内を一気に沈黙の空間へと追いやる。数秒の沈黙があった後…
『パンッ!』
弾ける音と共に沈黙は破られ、音と同時に僕らは駆けだした。いよいよ、僕らの対決が始まったのである。始まるやいなや、沈黙を保っていたグラウンド内にやかましいBGMがかかり、どことなく闘争心を煽られる。
「1、2、1、2」
この一週間と少し、下手をすれば雑談よりも互いにかけ合ったであろう、リズムを合わせる言葉。それをただひたすら繰り返し、僕らは走る。まずはグラウンドのコースを半周してから外周に出るのだが、パッと見た感じ、順位はあまりよろしくない。既に前方に数組のペアが見える。山城達はというと…げっ、先頭を突っ走っているじゃんか。
「女史、このままでは山城達には勝てない。適当なところでペースを上げていこう」
「了解です。では、ある場所から一気にペースを上げましょう」
「ある場所ってどこから?」
「場所に着いたら指示します」
そんな会話をしている間に校外へと出て行く僕ら。学校周辺を指定されたコースを矢印に沿って走っていると、右折指示の立看板が見えた。
「女史、次を右に曲がるよ」
「いいえ、真っ直ぐです」
「えっ? でも右に曲がれって書いてるよ?」
「実はですね、これ」
看板の手前で立ち止まり、右に指示されている矢印の先端方向を女史が上へと向けた。
「ええぇー!?」
「わざわざ、考えもなしに陸上競技の運営活動をしていた訳ではありません。こういった裏道工作が出来るのが実行委員の特権です」
「これ、矢印が動くんだ…よく作ったね、こんなの」
「手先が器用なもので」
「実行委員がこんな不正していいの? それに追い抜かれたという実感がない状態で、僕らが前走ってたらクレームつかない?」
「コースの設置ミスだとか後からなんとでも言えます。ともかく今は勝つことに専念してください」
つくづく恐ろしいやつだよ、君は…と口に出さないまでも、心がそう呟く。どうやら、表情がそんな心情を語っていたらしく…
「何です? 文句ですか? 勝つための苦肉の策です。大体、勝者でなければ優位に立てません。いつの世も勝者が…」
「はいはい、わかった。ともかく、せっかく稼いだ時間を無駄に出来ない。いくよ」
「了解です」
ここで言い争いをしている時間はない。僕らは前の組が右折していったコースを真っ直ぐに進む。右に行けば密集した住宅街に入り込むため、前の奴らはかなりのタイムロスになるはずだ。僕らの方も体が温まってきて、かなりペースが上がっている。よしよし、思わぬところで光明が見えてきた。この調子で一気に勝利だと思えた…のだが。




