混合リレーにて
僕が選手待機場所に到着すると、同じ組で出場するクラスメイト3人にすぐさま文句を言われた。
「おせーぞ、イセユウ」
「今、呼びに行こうかと思ってたところだよ」
選手はみな、既に列を整えている。ふぅ、危うく競技に遅れるところであった。待機場所にいたクラスメイト3人に文句は言われたものの、なんとかセーフ。
「ごめん、ごめん。それよりも僕アンカーなの?」
「当り前だろ。お前さ、何回か練習したろうが」
そうだっけ? そのあたりの記憶が曖昧だなぁ。とにかく、後に一大決戦が控えている。クラスの連中には悪いが、ここは適度に手を抜かせてもらおう。
そんな思惑を秘めつつ、混合リレーが始まった。入場メロディーと共に、僕らはグランドのトラック準備位置に着いた。僕はアンカーなので、もう一人のクラスメイトと共に下手? という表現が正しいのかはわからないが、そこにスタンバイした。混合リレーのメンバーは4名で一人あたりトラックを半周…悠長に構えてる余裕はないぞ。とっとと走って終わらせよう。
『パンッ』
そんな中、スターターの音が響き渡り、選手が一斉に走り出す。会場のボルテージが上がって、トラック周りのギャラリーが応援している様子が窺える。しかしながら、当の現場にいる僕自身、いたって冷ややかな感じなのは気のせいだろうか。周りとは切り離された氷の空間みたいな…そんな、しょうもないことに脳が稼働している。
(おっと。いけない、いけない)
我がクラスの走行状況を把握しておかねば。いくらやる気がないとはいえ、あからさまに手を抜いたのがバレちゃまずい。後でクラスメイトに怒られるのはゴメンだ。なんてったって、僕はアンカーなのだから。さてさて、僕のクラスである8組は緑の鉢巻だったな。えっと…走っている緑の鉢巻の走者は、現在4位か。
「まぁまぁ頑張っているけど、せいぜい3位くらいが限度だな、こりゃ」
そんなことを言いながら、僕は立ち上がる。まぁ、3位までなら競技ポイントが加算されるようだし、妥協点としては申し分ない。何より体力温存が優先である。
第三走者にバトンが渡ったところを見届け、軽く手足をバタバタさせ、僕はコース前へとスタンバイした。これで、バトンさえくればいつでも走行可能である。コースに出ると案の定、4位でバトンが渡ってきた。
『アンカーは半周ではなく、グラウンド一周となります』
アナウンスの声が響き渡る。そうか、プログラム情報によると混合リレーのアンカーは確か200mだったな。ん? 200m?
「っつーかグラウンド1周も走らされるのかよ! こっちは少しでも体力を残しておきたいってのに」
改めて認識不足が露呈された瞬間だった。今更ぼやいても遅いが…
そうこうしている(走行するという意味ではないぞ)内にバトンを持ったクラスメイトがやってきた。
「イセユウ、頼む!」
「はいは~い」
少しでも足を痛めないよう、七分の力で走り始める僕。このままいけば特に順位は変わらず、うまくいけば一人抜けるだろう…みたいな考えだったのだが、少し走ったあたりで異変に気付く。
「ん? 前の二人が妙に近いな…おいおい、これなら余裕で抜き去られちゃうぞ」
なんて思いつつも、遠慮なく目の前の奴二人を抜く僕。そんなに一生懸命走ってるわけでもないんだけどなぁ…すると、気がつけば前方にはあと一人しかいない。
「あれ、おっかしいな、一周差でもついたか? いやいや、そんな状況じゃなかったよなぁ」
少し頑張れば追いつきそうなことから、僕は前方の奴を目指し、走るスペースを少しだけ上げてみる。コースは残り半周もない。
「待て待て、勝てちゃうぞ、これ!」
ついに、そいつの横に並んだ感覚がした。最終コーナーを曲がり終えるとあとは直線、目の前のゴールを目指して走るだけだ。なんか、ここまできたら勝ちたい。闘争本能の赴くまま、気がつけば全力に近いパワーで走っちゃってる。そんな状態でどんどん白いテープに近づいていき、僕が白いテープを切った瞬間…
『パンッ』
またもやスターターが音をあげた。
「はぁはぁ、っはぁ」
体力を残すとか言いながら、思いの外デッドヒートしてしまった。息切れをしながらコースをフェードアウトしていく途中、アナウンスが聞こえてきた。
『1位は8組、それに続いて2組、6組…』
と言っている。まさか、勝ったのか? なんて思う暇もなく、コース付近に待機していた係の生徒に捕まり、1位という旗を渡される僕。そんでもって『選手全員がゴールしたら、テント本部に申請しに行ってください』と指示を受けた。
「うそぉん、まさかの1位かよ」
まさか…僕が陸上で1位を取る日が来るなんて。これは夢か?
いや、ここ数日の練習の成果だ。頑張ったもん、早起きして。
(しかし、違う競技で力を発揮してもなぁ)
嬉しいようなそうでもないような、苦笑いにも似た表情を浮かべる僕。が、次の瞬間…
「やったな、イセユウー!」
「やるじゃん、イセユウー!」
「すげーぜ、イセユウー!」
リレーメンバー3人が僕に飛びついてくる。3人の男、あくまで男だぞ。それらに、もみくちゃにされる嬉しくない状況。ぐっ、首をに手を回すな…プロレス技をかけられてるみたいで苦しいじゃんかよ。彼らの喜びに一通り付き合い、ボロボロにされながらも、なんとか申請と退場を終えた僕。自クラスのテントにもどってくるやいなや、みんなに拍手で迎えられる。
「伊勢にゃーん!!」
その中でもやたらテンションの高い我らが担任、りんりんが僕に飛びついてきた。首を掴まれ、またしてもヘッドロックの体制にされる。ギギギ、んもう、勘弁してくれよ。
「ちょっと、りんりん先生! 苦しいですって。こっちはまだ体力回復してないのに~」
「いやいや、大金星じゃん! よーやった、よーやった!」
りんりんに首を掴まれたまま、クラスメイト達が僕の髪の毛を一人一人、ワシャワシャと掻きむしっていく。ボロボロの体に更なる追い打ちな上に、なんだこれ、めちゃくちゃ恥ずいぞ。
嗚呼…夏休み前に補習が決まったあの日の軽くデジャブ。しかし、そんな状況に対し助け船が…
「教員のお呼び出しをします。水戸先生、水戸先生。事務連絡がありますので、至急、本部テントまで来てください」
りんりんを呼び出すアナウンスが聞こえた。そんでもってそれを聞き逃す手はなかった。
「ほらほら、りんりん! 呼んでますよ、本部が。りんりんでしょ、水戸先生ってのは」
「ええ~、面倒くさーい。どうせ大した連絡じゃないんだし、今はみんなと喜びを分かち合おうよ~、伊勢にゃ~ん」
「あんた、それが教師の言う台詞ですか? 業務を優先なさい、業務を」
「ぶー! はいはい、わかりましたよ。いきゃあいいんでしょ、いきゃあ」
そう言うとりんりんはようやく僕を解放した。
「げほっ、げほっ。早く本部行って、りんりん」
良い先生ではあるのだが、今は若干鬱陶しいりんりんを追い払うような一言を放つ僕であった。
「伊勢にゃんは冷たいなぁ~。それはともかくとして、この調子で一気に学年優勝目指すわよー!」
「「「おおぉー!」」」
去り際にりんりんがクラステントに向かって号令を放つ。その言葉に反応し、クラステントは一斉に湧き上がった。ったく、どういうテンションなんだか。もはやついてゆけん。
とまぁ、そんな様子からもわかるように、その後の我が8組の奮闘ぶりは想像に難くないだろう。冗談抜きに絶好調で、クラス優勝もリアルに射程圏内だ。
そんな勝利ムードの中、いよいよ午前最後の種目へと移る。そう、僕と女史の決戦たる種目が来たのだ。
「よーし、行ってくるわね!」
どうやら山城と有喜が選手待機場所へと向かう様子だ。
「ここで一気に優勝決めちまおうぜ、有喜」
「志穂、頑張って~」
エースたる二人の出発に対し、クラスメイトのみんなから檄が飛ぶ。そんなエールと共にテントから送り出される二人の様子を確認し終えると…
「さて、僕もぼちぼち行くか」
僕はクラスメイトの目を盗むよう、コソコソと山城たちの後をついて行く。向かう場所は言わずと知れた、長距離二人三脚選手の待機場所である。




