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まだまだ練習は続く

「おはよー…」


 翌日、本日も六時集合の鯨公園にて僕は女史に声をかけた。


「六時三分、今日は遅刻しないで来ましたね」


 若干ボッーとした頭に明け方の街の新鮮さはかなり印象を薄める。普段ならこんな街模様は心を動かす美しさがあるかもしれないが、今はとにかく眠たい。


「あの、筋肉痛なんスけど…」


「良かったですね、まだまだ若い証拠じゃないですか」


「学生だから若いのは当たり前だっつうの。むしろまだ成熟してないし。もっとこう熟していきたいし」


「ストーップ! このままだと、あなたはまた下ネタにいきそうなので、ここでその話題をカットします」


 昨日の疲れ引きずったまま、会話すら満足にできない僕。そんな僕を女史が『時間がありませんよ』と急かす。


 こうして登校時間までに少しでも練習をすべく、ウォーミングアップを始める僕たち。ある程度アップし終えたあたりから体も脳も起きてきて、昨日見て回った校外を一周してみた。まだ早い時間帯ということもあって、女生徒と肩を組んでいても誰にも気兼ねしないで済む。2~3周を走り終えるとあっという間に一時間と少し経過していた。チラホラと登校する生徒が目についてきた。その上、女史の11組は特進クラスということでそろそろ0校時が始まるらしい。荷物を取りに再度鯨公園に来た僕らはここで早朝練習を終えることにした。6時起きでも大した練習はできなかったなぁ…などと思っていると…


「伊勢君、早朝練習2日目お疲れ様です」


「うっ、うん。お疲れ」


 ぎこちない返事をする僕に対し、女史がニコやかに書類の束を渡してくきた。


「なんじゃこりゃあ!」


 安藤アンドレじゃない方のゆうさく(松)が出てくる。


「ジーパン刑事ですか? 古いですね」


「僕の親父が好きだったんだよ」


「そんな古い話題はいいですから、その書類に目を通しておいてください」


「なんの書類だよ、これぇえ!」


 まさか、数学のプリントじゃないだろうな? と思わせんばかりの束。最初のページを見てみると、大きく“陸上競技練習日程”と書かれていた。白目をむきそうになる僕に対し、女史は…


「私なりに色々とまとめてきたので、放課後までには全部読んでいてください」


「放課後までにッスか?」


「教科書みたいにびっしり書かれているわけじゃないので、問題ないと思います。この内容に沿って放課後の練習は進めていくので。あと、読まなかったらそれなりの覚悟をしておいてくださいね」


 ガックリと肩を落とす僕を無視するように女史はそそくさと授業に行ってしまった。着替えがある為、僕も早めに登校し、体育館の更衣室で着替えて教室へと向かう。朝で教室の鍵が開いておらず、人生で初めて教室の鍵を職員室に取りに行くこととなった。


「ふぁ~あ、眠い~…」


 誰もいない教室では特にやることもなく、僕はボッーとしている。女史は今頃授業かな? 特進クラスってのは大変だなぁ…毎日毎日こんな朝早くから授業してたなんて。毎日通ってる学校でも、少し早く登校するだけで新しい発見をすることができる。普段の自分がいかに狭い世界で生きていたのか…思いに耽る。


「おっと、そういえば女史の日程。暇だからそれでも読んでようかな」


 思い出したように女史がくれた練習日程の書類に目を通してみる。ページの最初あたりは女史が予想した二人三脚の校外一周コースが、ABCのコース案に分けられ、図面つきでや対策等が書かれている。それに続いて金曜までの5日間のスケジュール、熱中症対策、運動後の体のケア方法などもあり、ページを重ねていく。モチベーションを上げる目的なのか…なんか座右の銘みたいな文が所々に掲載されているが、無駄じゃないのか? などと思う。


 しかし、まぁ、昨日の練習後に携帯のメッセだけじゃなく、こんな書類まで作成してやがったとは。奴に『疲れ』という概念は存在しないのか…女史の将来の職業候補にスポーツトレーナーの選択肢も勝手に増やしておこう。


「セユウ、イセユウ、ちょっとイセユウ!」


 ん? 聞き慣れた声に気が付き、我に返ると机の前に山城の姿があった。


「おわっ! 山城、いつからそこに!?」


「いつからって、あんた何回呼んでも気づかないじゃない」


 えっ、そうだったの? 時計を確認してみるともう8時をだいぶ過ぎている。クラスメイトも大部分が登校し終えている様子。女史の日程書類に夢中になるあまり、時間の経過を忘れていたようだ。


「ねぇねぇ、何読んでるの?」


 山城が僕の読んでいる書類に興味があるらしく、のぞきこむ。


「おわっ、やめろよ! 大事な書類なんだから」


 僕は慌てて引き出しの中へと書類を隠す。


「ふ~ん、私には見せたくない物なんだ。あの石嶺女史がまたなんかよこしてきたんでしょ?」


 うっ、ギクリとする僕。そんな僕を見ながら山城は不敵な笑みを浮かべる。


「残念なお知らせだけど、私も有喜もこれ以上ないってくらい絶好調よ。ハッキリ言って石嶺って子が何してこようと負ける気がしないわ。っていうか11組どころか同学年に敵なしって感じよ。ねっ、有喜」


「おうよ」


 隣の席を見ると有喜がアホ面下げて嬉しそう。なんかムカつく。


「私たちのコンビネーションは抜群よ。あんたは最近、放課後の練習に参加してないからわからないでしょうけど」


 山城が僕に対して挑発的な言葉を投げかける。


「くっ…」


「ふふん。目指せ、学年優勝ー!」


 僕の悔しそうな顔に気を良くしたのか、山城が不意にそんな言葉を叫びだす。するとエースたる山城の号令を聞いたクラスメイト達が「オー!!」と一斉に声をあげる。陸上競技まで残りわずか、クラスの結束が固くなってきている。僕が11組のメンバーとしてゲリラ参加すると知られたら一体どうなるんだろうか。想像しただけでも恐ろしい。


「あのさ、山城」


「何よ」


「僕がお昼にいないのがそんなに寂しい?」


「なっ、急に何を言い出すのよ! きゅっ、きゅうううに」


 絵に描いた様に取り乱す山城。


「まぁ、今更どうにもなんないけどさ。とりあえず聞いておこうと思って」


「べべべべっつにぃ」


 口はそう言いながらも、明らかに挙動不審だ。そんな状態の山城だが、憎まれ役を買ってでも僕のことを考えてくれているとなると少しだけありがたさを感じる。結局山城にしても有喜にしても僕事態が苦しむような条件を出してはいない。僕がもう少ししっかりしていれば…ん? 待て待て。成海さんファンクラブには青春のときめきをゴソッと持っていかれるぞ。成海さんファンクラブという青春墓場を前に何を感傷に浸っているのだ。そのついでに、あくまでついでに女史のこともある訳だし、負ける訳にはいかないのだ。余計なことなど考えず、今こそ奮い立たねば。


 こうして、モチべーションを維持した僕に対し2日、3日と時が過ぎていく。


「おはようよ~、女史~」


「おはようございます、伊勢君」


 本番を明日に控えた木曜、挨拶を交わす僕らは今日も学校近くの鯨公園に集合していた。


「本日で練習も最後ですね。明日はいよいよ決戦の金曜日ですが振り返ってみてどうでしたか、早朝の練習は」


「早起きはイイネ。やるべきことを朝に持ってくると一日元気に過ごせる」


「そうおっしゃる割には声がガラガラですね。思い切り寝起きだということ推測ができます」


「あのさ、今週ほぼ五時半起きなんだよ。そんな細かいところ気にしないでよね。文句も言わずにスケジュールこなしたわけだからさ」


「そうですね、伊勢君の本気が窺えました。あなたはやるときはやる人ですからね。ただし、結果は伴いませんが」


「朝から嫌味かよ…」


 今日もガックリ肩を落とす朝でしたとさ。兎にも角にも勝負は明日…再三言っているが、あまり余計なことは考えずにしっかり練習しよう。スケジュールに沿って、いつもと同じように練習を開始する僕らであった。いつものように何事もなく練習は終わると思っていたのだが…


「あっ!?」


「どわぁ!」


 走行中、ふと女史が躓いてしまい、僕らは思わず体制を崩して転んでしまった。


「ってて、大丈夫? 女史?」


「ええ、なんとか」


 そういう女史ではあったが、立ち上がると明らかに右足に違和感がある様子。もしかして挫いたのでは?


「ちょっ、足痛そうじゃん。保健室いこうよ」


「大丈夫です、このくらい」


「大丈夫じゃないよ。怪我してたら大変じゃんか」


 嫌がる女史ではあったが、諭しながらも強引に保健室へと連れていく。


「っつ…」


途中、ふと女史が苦痛な声を漏らす。やはり挫いたようだ。女史の肩を抱きながら、僕らは保健室へと向かい歩いていく。やはり毎日の練習という無理が祟ったらしい。僕でさえ結構体ボロボロなのに、ガリ勉な女史はなおさらだろう。先行きが怪しくなってきたぞ、こりゃあ。


 保健室に到着すると問診やらなんやらのために、僕は外で待たされることになった。保健室の前でただ突っ立ているのもどうも不審なので、中庭の方へ向かって歩き出す。いつもお昼を食べるベンチが目に付き、黙って座り込こんだ。


「まだかかるのかなぁ…」


 思えばこのベンチに女史を見つけたのが事の発端なんだよなぁ。んでもって、まずい弁当食わされて、文句言い合って…そんな損な日常。ってダジャレかい! 全く、なんでこんな馬鹿なことで苦労してるのか。うわべの人間関係だとさっさと割り切ってしまえばラクなのに、何故かそうできずにいる自分。僕だって答えなんかわからない。でも、それに青春を感じるんだ。青春ってのは理屈じゃないんだ。自分がどうしたいかなんだ。僕は自由でいたいんだ。


「それにしても良い天気だなぁ…」


 天を見上げてみると、真っ青な空が広がっている。ベンチからボーっと空をただ見上げていると、フッと女史が上から僕を覗き込んだ。


「おわっ! じょ、女史!」


 驚いた僕はあわてて体制を変え、女史の方を見直す。


「間抜けな顔してましたよ、ふふ」


「そんな事よりも、どうなの? 足は?」


「軽くひねっただけで問題ありません。ただ、今日一日は安静が必要なようですが」


 そう言いながら、僕の隣に腰掛ける女史。


「はぁ、よかったぁ~。明日の勝負どうなるかと思ったよ」


 僕は安堵の言葉を漏らす。足の具合が悪いようなら、棄権という最悪のケースも考えられたが、今の女史の様子なら多分大丈夫だろう。


「ただ、今日の追い込みはかけられなくなりましたね」


「いいんだよ、そんなのは。無理して明日走れなくなったら元も子もないからね」


「それもそうですね」


「そうそう。なんせ、負けられない勝負なんだからさ」


「では、伊勢君。渡した書類をしっかり読んで明日に備えてください。朝は登校の3時間前には起きて、ウォーミングアップ。あとポジティブシンキングも忘れないでください」


「わかってますって」


「本当ですか? いまいち信用性がありませんね」


「夏休みからの仲だろ? 僕を信じなさい」


「だらしなさには信をおけるのですが」


「おいっ!」


 クドクドと女教師のような言葉を続ける女史にとりあえず一言かましておく。そんなやり取りを終え、女史も僕も教室へと向かっていった。朝からトラブルはあったものの、勝負を諦めずに済んだ今の状況に感謝せずにはいられない。決戦を控えた一日はあっという間に過ぎ、放課後は久々にすぐさま帰宅した。


 放課後の練習がない不安もいささかあったが、変に無理したところでそれは勝利には結びつかない。無理に練習するよりもずっと良かったのだと自分に言い聞かせる。


「いよいよ明日かぁ」


 泣いても笑ってもいよいよ明日。あれこれ考えていても仕方ないので、とりあえず帰る。んでもって楽しい動画でも見て、気を紛らわせつつ、明日に備えようと思う僕だった。


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