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練習とランチタイム

 レジャーシートには運動会の時のようなランチボックスが分解され、中にはぎっしりのおかず模様が…いや、嬉しいんだよ。嬉しいんだけどさぁ、額から流れ出るこの汗は何なのだ? この鬼気迫るオーラは何なのだ? 嗚呼、数日前の悪夢が思い出される。急に無言になった僕に違和感を感じ、女史が冷たい視線と言葉を投げかけてくる。


「何ですか? まさか、またまずいとか思ってるんでしょう?」


「いや、そんなことは…」


 なんとか言葉を取り繕おうとするものの、うまく言葉が出てこない。しかし、状況が状況だ。ここで食べないというのは明らかに人としてのモラルが試される。観念したように僕はレジャーシートに腰を下ろした。


「心配しなくても今回は大丈夫ですよ。前回の失敗を教訓にする女ですから私は」


「そうだと助かるけどねぇ」


「疑ってるんですか?」


「いっ、いえ! とんでもないです! それでは女史様、ありがたくいただかせていただきます」


 いただかせていただきますとはなんぞや? そんな言葉レベルの低さはこの際スルーしてもらいたい。


「当然です」


 それにしても、なんちゅーニコやかな顔をしてるんだ。チクショウ。しかしながら、朝から何も食べてない僕の腹は完全にエンプティーランプが点灯している。空腹は最高のスパイスだというし、この状態ならある程度いけるかもしれない。そう思いながら、女史の作ってきた卵焼きにチャレンジ。ガリッ、第一口目からデカめの卵の殻が不快な感覚を口に届ける。しかも、甘ぁ~…絶対、ソルトとシュガーを間違えやがったなぁ。僕らの地域では甘い卵焼きを食べる習慣はないんだぞ、ったく。気を取り直して、空揚げやきんぴらごぼう、サンドイッチと続けてチャレンジしていく。しかし、そんな食のスペシャリストメンバーたちもなぜかテンションの下がる味になっている。もし、食が人を良くするという語源から作られた漢字ならば、明らかにこのおかずメンバーたちは除外されるべきだろう。かえって人を悪くする。スパゲッティミートソースらしきものなんか、明らかにドロドロしているし。こんなの食ったら血液までドロドロになっちまうよ。


「う~ん、思いのほか味がしつこいですねぇ。ちゃんとネットでレシピ見ながら作ったんですが」


 横で自分が作ったおかずを食す女史が軽く首をかしげている。レシピを見たとはいえ、全部が全部同じものになるわけではないのだなぁとつくづく思う。料理が美味しく作れるのも才能なら、そう作れないのも才能だなぁ。それが世間一般でどう言われようと否定する材料にはならない。


「なんですか、その顔は。言いたいことがあるならハッキリ言ってください」


 僕のあからさまなしかめっ面に女史が不機嫌になる。


「あのさ、これ今日作ったの?」


「当り前じゃないですか。四時起きですよ、四時起き」


「そりゃあ、大変だ。でもさ、それは別としても、前回よりも美味しいと思うよ。成長を感じられるね」


 僕は精一杯の言葉をかけた。いやね、テンションの下がる味ではあるけど、いくつか改善点が見られるのも確かなんだよ。それに四時に起きて作ったってのは正直驚いたし、その意気込みは称賛に値する。ならば、少しでも女性が喜ぶような言葉をかけてあげるのが食べる側の、そして男ってもんでしょう。僕ってば、優しいなぁ~。聞いてるかい? ええ? あんた。


「ほぅ、これは意外ですね。伊勢君のことですから、もっと悪態をついてくると思ったのですが」


「そんな失礼な男じゃないよ、僕は。そもそも女性からのお弁当には常に感動すら覚えるんだから」


「あの、気になっていたのですが、伊勢君って交際歴とかあるんですか?」


「ん? ないよ」


「でしょうね」


「なんだよ。伊勢君かっこいいのに勿体ないとか、気の利いた言葉はないわけ?」


「ないですし、あなたと付き合いたい女性なんて一部の例外を除いて存在しないと判断できます。まぁ、普段からあなたは女心というものがわかっていませんから…」


「相変わらず上からだねぇ。ところで一部例外ってのはどういう意味?」


「さぁ、お弁当まだまだありますよ。早く食べて練習再開です。」


 女史が僕の言葉を無視するようにお弁当を食べていく。


「ねぇねぇ、ごまかさないで教えなさいよ。気になるじゃん、その一部に込められた意味が」


「もぅ、うるさいですね。早く食べてください!」


そんな会話をしつつ、なんだかんだとランチタイムはあっという間に過ぎていった。いや~、それにしても空腹というのはありがたい。味にかなりの課題を残す女史の料理をほとんど平らげることができたのだから。


「さて、満足したところで…もうひと頑張りいきますか」


 僕はそういうと、立ち上がる。それに反応するように女史もお弁当とレジャーシートを片付け始めた。食後ということもあり、午後は少しラクな感じで練習を進めていくつもりだった僕だが、そんな僕に対し女史はこう提案する。


「当日は校外を一周でしたよね。午後は走行コースのシミュレーションと対策にしませんか?」


 これは言うなれば戦場視察みたいなものか…と僕は提案に賛同する。自分たちの実力を知るのはもちろんだが、戦場の確認をしておいても損はない。僕らは学校周辺を歩きながら、当日の大まかなコースを予想していく。普段通い慣れてるとはいえ、いざ見回してみるとこんなお店や家があったんだなぁと新しい発見に少しワクワク、心が躍る。キョロキョロしている僕に対し、女史はどこどこの道に何があるか、どの道が走りにくいかなどとブツブツ独り言を言いながらメモを取っている。こんなリサーチ能力があるのなら将来はどっかの調査員だな…いや案外探偵に向いてるかもなどと思ってしまう。


「なんですか? ジロジロ人のことを見て?」


メモ帳に視線を向けたまま、女史が話しかけてくる。相変わらずの第三の目だ。


「えっ、いや…メモ取り頑張ってるなぁと思って」


「大まかなコースの予想図を組み立てているんです。少しでもロスのない走行を目指せば、勝てる確率は高くなりますからね」


 なんか、この人頼もしくない? いや、頼もしいよ。味方に回せば、こんな頼もしさを発揮するのか、この人。なんかそういう安心感があるだけでも、モチベーションってのは上がってくるもんだなぁ。


「で、どんな感じ? 勝てそう?」


「今日わかったことをまとめると、多分、真正面からでは山城さんには勝てません」


「そんなことはわかってるよ。僕が聞きたいのは勝てる秘策はありそうなの? ってこと」


「耳障りな人ですね、今考えているところです。結論を焦らないでください」


「そうは言うけどさぁ、もう本番まで一週間とないんだよ? 確か今週の金曜日が本番だから、残りあと5日。焦るなっていう方が無理だよ」


「気持ちはわかります。ですが、こういう時こそもう一度ペース配分を意識するんです。そして一日、一日のノルマを確実にクリアしていく。いわば資格試験と同じです」


「僕、資格試験受けたことない」


「これから受ける資格試験の参考材料にしてください」


「資格試験受ける予定ないですけど…」


「高校一緒の間に私が受けさせますよ。伊勢君の勉強嫌い直すって、決めましたから」


「マジかよ、勘弁してよ。なんでそういうこと勝手に決めるかなぁ」


「なるんでしょう? アパレルに」


「パラディンだよ。いい加減覚えてよ」


「そうそう、パラリン! 目指せ、成績&資格のパラリン!」


「塾の勧誘みたい」


女史との会話はやたら長ったらしくなる。しかし、まぁ、優等生のナリしてツッコむところはツッコんだり、たまにボケたりしてくれるから僕としてはけっこう助かる。やはり、女史と高校生活を一緒に送れないのは寂しい。ここはやはり頑張っておかなきゃと思う。

こうして、学校周辺を一通り回り終えると、午後の一番暑い時間に差し掛かっていた。この暑さで、これ以上の練習は体調を崩しかねない。そう判断した僕らは、本日は解散する運びとなる。休日返上の練習は終わりを告げた・・・かと思いきや。


『リーン』


その日の晩、部屋でグッタリしている僕にスマホのメッセージ音が鳴る。ダルいながらも体を起こし、スマホを見ると送信者は女史。メッセージ内容は、明日からのビッシリとした練習内容がメッセージ調で書かれていた。


「ぐぅぅぅっ…」


 あまりの内容にトドメを刺された。女史め…練習後のグロッキーな状態で、よくこんな文章作れるなぁ。なんちゅータフさ。しかし、今日の二の舞は起こせない。時間の確認だけはしておこうとメッセに目を通す。内容はというと早朝と放課後の練習スケジュール、待ち合わせ時間や必要な物などが細かく書かれている。特に集合時間のところには遅刻厳禁とまでしっかり書かれていた。「もしもボックス」という秘密道具があれば、今すぐこの地球上から校内陸上というものを消し去りたい。そんな呪いにも似た感情を抱きながらも、今日の疲れもあるし、明日に備えて本日は早めに就寝した。


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