悩み
うっ、最後の最後にイヤなことを思い出させる時間がきた。いや、いつか決めねばならないことだが、こんなタイミングよく来るかね。苦虫をかみつぶしたように、僕はりんりんを恨めしく見つめる。そんな僕になぜかりんりんはサムズアップを決めた。全然わかっちゃいねーな、この人は。
そんなわけで、りんりんの意向に従い、クラスで来週の校内陸上種目の選手決めが行われる運びとなった。「学年優勝狙うわよ」などりんりんは意気込んでおり、クラスのみんなもりんりんに同調するかのようにやる気だ。400m走や混合リレーなど、部活生を中心にどんどんガチ勢なメンバーが決まっていく中、いよいよ長距離二人三脚の募集が始まる。
「では、次に二人三脚の選手を決めます。ただ、長距離らしいので、校外を一周して、運動場をまた一周するようです」
級長から競技説明はあったもの、あまり聞かない競技にみんなが戸惑う。しかもけっこうきつそうな内容から、立候補はいないものとだれもが確信したが、そんな中いち早く手を挙げる女がいた。そう、あいつだ。
「はい!」
後ろの席から山城の声が大きく響く。が、その瞬間、「おお~」とクラスで歓喜な声が上がった。足の速い山城が、これを引き受けたことで誰もがこの種目はもらったと確信したのだ。
「では、女子は山城さんで。次に男子は…」
二人三脚というからには片割れ、つまりパートナーとなる人物が必須となるわけだ。今回、女史と山城のいざこざの原因は僕だ。ここで、僕が山城のパートナーとなれば、女史の勝利は揺るがない。手を抜くことや棄権など、いくらでも方法はあるからだ。しかし、女史にそれだけはやめろと言われたばかりだ。冷静に考えれば、答えは明瞭。なぜなら、それは山城をあからさまに裏切る行為であり、クラスを裏切ることでもある。そうなってしまえば今後の学生生活は闇属性ルート直行だし、なにより女史もそんな僕を喜ばないだろう。
「誰もいませんかー?」
そんな事を考えている間に、どんどん時が過ぎていく。このままでは級長が推薦枠の募集に入るぞ。まずい、何かしら手を打たないとみすみす女史が負ける展開を許すことになってしまう。くそ。もう、どうにでもなれと僕が立候補しようとしたその瞬間! 一人の男子が手を挙げた。僕より先に立候補したのだ。僕はその状況に驚いたもの、名乗り出た人物にさらなる衝撃を受けた。そいつは、隣の席に座っている奴だった。
「有喜?」
思わず声がでた。有喜はそんな僕に不敵な笑みを見せた。僕は茫然としてしまい、また、他に立候補する男子もいなかったことから、長距離二人三脚は山城と有喜に決まった。もう手遅れだ…これで万に一つの勝ち目もなくなった。以前、有喜の説明をはしょっていたおかげで、ご理解はいただけていないと思う。実はこいつ、今は帰宅部ながらも中学校の頃はサッカー部に所属しており、山城に劣らず足が速いのである。昔、サッカー部の足の速さを測るタイムトライアルではトップ5の常連だったと自慢していたのを思い出した。
「頑張るわよ、有喜!」
「おうよ」
二人の言葉にクラス中から拍手が沸き上がる。この会話からして、どうやら山城は最初から有喜と組む気だったのだ。女史は明らかに文化系、相手は体育会系二人…しかも元サッカー部と現陸上部が組んだのだ。このままじゃ完全に僕と女史の仲は引き裂かれてしまう。僕はなんとか打開策を打たねばと考え、彼らを説得することした。選手決めが終わり、みんなが下校する中、僕は山城と有喜を屋上へ呼び出す。
「君らさ、何企んでるの?」
「企むも何も、二人三脚で勝とうとしているだけだろ?」
有善がニヤニヤしながら言う。
「そんなの、君ら二人が組んだら勝てるわけないじゃんかよ」
僕は力なく言う。そんな僕を見かねたように山城がこういう。
「ねぇ、イセユウ…私たちのことそんなに嫌なの?」
「えっ?」
山城が少し寂しそうに尋ねてきた。いつも強気な山城のそんな様子に僕は戸惑う。
「いや、そんなことないけどさ」
そう答えるのが精いっぱいな僕に、有喜が言う。
「例の女友達って、補習で一緒だった子らしいじゃんかよ。山城に聞いたぜ。でもさ、もしかしてそれに恩義感じて、無理して付き合ってたりしないか?」
「いや、そんなことはないよ。でも、お昼いつも一人で寂しそうだったから、それでさ」
すると、山城が言う。
「でも、それって単なる同情とかじゃないの? だとしたらさ、それはあの子にとっても良くないことじゃないかな」
「そんなの、自分でもよくわからないよ。でも、放っておけないんだよ。山城にひどいこと言ったのは確かに彼女に非があるけどさ、でも、だからって僕との交流をなくしたらかわいそうじゃんか」
「そういうことじゃないの。結局のところ、イセユウがどっちと過ごしたいのかって事なんだよ」
「僕が? どういうこと?」
「っもう、鈍感! イセユウがそんなんだから、ハッキリしないから…私だって必死に取り返そうとするじゃん」
「…?」
山城が何を言いたいのか理解できないまま、僕は必死に考え込む。
「とにかく私たちが勝つ。そして、また今まで通りの生活に戻る。文句は言わせないから」
そういうと山城は、屋上の出口へと向かう。
「お、おい、山城!」
僕の懇願するような声は届くわけもなく、山城は去っていく。すると今度は有喜が僕の肩に手を置いて、こういった。
「イセユウ、これまでのことは目をつぶってやる。だが、これだけは覚えておけ」
「なっ、なんだよ?」
「お前だけに彼女は作らせん」
「はい?」
先ほどまでのピリピリした空気感を壊すような素っ頓狂な答えに僕は目が点になる。
「どういう流れで、それに今たどり着くの?」
「どういう流れとはどういうことだ。お前、成美さんと友達になった上に、見知らぬ女生徒ともいい感じだと? 俺は断じて許さん。成美さんファンクラブ会員ナンバー7として、友人の青春ウハウハ・ハーレムルートを阻止する」
「えっ? っていうか、お前成美さんのファンクラブだったの?」
「ってりめーだ、そのためにサッカー部の入部をやめたくらいだからな」
「サッカー部に入れよ、そっちの方が絶対モテるだろ」
「いいや、俺は成美さんの幸せのために高校時代をささげる決意をしたんだ。それくらいの恋なんだ」
おいおい、ぶっちゃけたぞ。そんな突然の暴露にものすごく戸惑う。そもそもなんで二学期になって、僕はその事実を知ることになるのだ? こいつにそこまでの興味がなかったのか? ヤバイ、身に覚えがありすぎる。僕は有喜にここまで関心がなかったのかと涙が出そうになった。僕って、なかなか薄情かもしれない。
「なんか、ごめんな…有喜」
「謝るな! 人を見下しやがって。いいか、これからお前は勝負に負けて、ずっと俺が監視下に置いてやる。彼女なんか作らせてたまるものか」
「待て、有喜。怒りのベクトル先が違うぞ。その気になればお前は僕なんかよりもずっと、バラ色な高校生活を送れるぞ。サッカー部に入って、華々しい活躍をするんだ。そして、マネージャーとかといい感じとかになって、女史の憧れになるんだ。そうすれば成美さんだって、もしかしたら…」
そこまでいって、僕は地面ひれ伏して叫んだー!
「それは嫌だー! 可憐なる水の精、マーメイド成美さんがお前なんかの彼女になるなんて! 想像しただけで嫌だー!」
「そうだ、その気持ちをずっと俺も味わってきたのだ。なのに、お前は成美さんと仲良くなっただけにとどまらず、他の女子に手を出す始末。俺の怒りがわかるか? この胸が張り裂けんばかりの怒りを!」
「ううっ、有喜…勘弁してくれ。僕が悪かった。でも、でもこの勝負だけは見逃してくれ」
「いいや、それはならん。この勝負に負けたらお前は、成美さんファンクラブに入るのだ。そして、成美さんに近づきすぎてはいけない鉄の規則を守りつつ、他の女子などくそ喰らえの成美さん第一主義の人間になるのだー!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕の精神はまさに狂わんばかりであった。せっかく成美さんと携帯アドレスの交換とかしたのに、ファンクラブなんかに入ったらそんなのは全部没収だ。しかも、告白なんかは断固禁止だし、違反活動をしたら、ファン全員につるし上げられる。そんな、地獄を味わうくらいなら死んだほうがマシだ。
「ひどすぎる…僕だって色々苦労してるのに、それをわかってはくれないのか?」
「聞く耳もたん! 来週まで首を洗って待っていろ」
そう言い残すと有善も屋上の出口に向かって歩き出す。
くそ、山城だけじゃなくて有喜も敵になっちまった。なんなんだよ、僕はただ…ただ?
結局のところ僕はどうしたいのだろう。女史と友達でいて、こいつらとも仲良くしたい。
なんでそんな簡単なことができないんだ。頭に浮かんだ願いに対し、どうすればいいのか
…答えなんか見つけられないまま、勝ち目のない現実を突きつけられた僕は苦悩するばか
りだった。




