安らぎのお昼…とはいかないものでして
さてさて、場面は打って変わって、こちらは中庭のベンチ。
「遅いです」
かなり待たせたことで女史もいささか不機嫌になっていた。ハァハァ、最近、女史と会うときはやたら息切れしている気がする。
「まさか、購買に行ったんじゃないでしょうね?」
「とんでもない、移動教室だったから、それで遅れたんだよ。ホント、ごめん」
顔の前で手を合わし、僕は必死に言い訳をする。すると呆れながらも女史はこう言い返してきた。
「だったら、いいです。とにかく座ってください」
「でも、僕お昼ごはんがないんだけど」
「いいから、早く」
「はっ、はい」
僕は女史にいわれるがまま、彼女の隣に腰掛ける。僕が座るやいなや、女史が可愛い柄の包みを僕に渡してきた。
ん? これは何だ、まさかこれが僕のお昼ご飯か? あははは、そんな訳が…ありえる!? 時間帯とシチュエーション的に考えて、これは明らかにお弁当だ。いや、しかし何故? 目の前で起こっている事に僕の脳内コンピューターの解析が追いついていない。
「あの、女史。これは何?」
「こっ、この前の日曜、無理に付き合ってくれたお礼です。あの時は色々あって、ちゃんとお礼できませんでしたから…」
「もしかして、お弁当?」
コクンとうなずく女史。そんな、女の子からお昼にお弁当だとぅ? そんな恋愛シミュレーションゲームみたいなことが現実であり得るのか? もしかしてまたイタズラとかじゃないのか。いつもみたいに僕をだまそうとして。そうだそうだ、これはイタズラだ。だって普段の君の行動パターンがその証拠。祭りの時だってなんだかんだ結局殴られたし…その手は食わないぞと、僕は警戒しながらゆっくり、ゆっく~り包みを紐解いて行く。
「何をダラダラしているんですか、早く開けなさい」
「ふん、そうやってまた僕をだまそうとしているんだろ? 魂胆は見えてるっての」
「ハァ!? 何を言い出すんですか、あなたは」
「僕にはわかるぞ、この中身はきっと世にも恐ろしいものが入ってるに違いない。呪いの弁当箱とかじゃないの?」
「怒りますよ!」
「どっちにしろ、中身を見ればわかること」
そういいながら僕が包みを開いてみると、中にはいかにも女の子というような感じがする、そう犬小屋の上に横たわる犬のマスコットがプリントされた箱が出てきた。
「それが嫌がらせする人が渡すお弁当箱ですか?」
「まっ、まだまだ、肝心は中身だ」
僕を油断させようとする絵柄に不覚ながらも戸惑った。だが、そうはいくものか。きっと箱の中身に恐ろしいものを隠しているんだ。僕は意を決し、覚悟を決め、蓋を開けてみる。
だが、そんな僕の予想は大きく外れた、外れてしまった。お弁当箱の中は、開け放たれたと同時に輝きを放つかのように、色とりどりのおかずの光景が目に飛び込んできた。間違いない、これは『お昼にお弁当を作ってきて、あはは、うふふ』だ。デートの様なものに続き僕は自分が一生出会うことはないと思っていた場面に直面し、思わずフリーズする。
「伊勢君、どこまで人を疑うんですか。私だって、そこまでタチの悪い冗談なんかしませんよ」
「だっ、だって、君はいつも僕を騙すじゃないか」
「女の子をなんだと思ってるんですか…」
呆れかえるというよりは困った表情をする女史であった。それがこの出来事が悪ふざけではないと物語っていた。
参った、いくら敵対する仲とは言え、あろうことか女の子を疑ってしまった。これは男としてはなかなか最低かもしれない。見苦しい言い訳を放ってしまったせいか、謝るタイミングを掴み損ねてしまう。僕らの間に気まずい沈黙が訪れる。そんな中、沈黙を破ったのは女史の方だった。
「あの、食べないんですか?」
「あっ、ああ、そうだったね。でも、僕なんかが食べてもいいのかな?」
「食べてもらう為に作ってきたのですが」
「そうだよね、勿体ない気がしてついついさ。じゃあ、いただきます」
僕は頭を掻き、再度、人生初であろう母以外の女性がくれた弁当をチェックしてみる。するとこのおかずたち、かなりしっかり作りこまれていることに気づく。ハムときゅうりがなんかクルクルして串的なもんが刺さってるし。ああっ! ウインナーなんかタコさんになってる、タコさんに!
「ううっ、これが、僕のものなのか…」
女の子からのお弁当…それはこんなにも嬉しいことなのか。あまりの嬉しさに目頭が熱くなる。
「何をしているんですか?」
僕は片手を力強く天に掲げた。いや、掲げずにはいられなかったという方が正しい。だって、女の子からお昼のお弁当だぞ? わかるだろう、男性諸君。あああ、とにかく大声で叫びだしたい。この展開は一高校男子にとってはもったいなさすぎるくらいの甘美なご褒美。言葉に例えるなら正に「飛翔」…そして花言葉は「ラヴィアンローズ」
「は、恥ずかしいからやめてください、それ」
天に拳を挙げるポージングをしている僕を、女史が抑え込む。僕の拳を必死に下ろしている訳だが、なぜだが女史の顔がうまく見れないや。
「グスッ、グスッ」
「あの、伊勢くん? もしかして泣いてます?」
「なっ、泣いてなんかないさ。これは、そう心の涙さ」
「いや、泣いてるじゃないですか」
「ううっ、女史ごめんね。こんな素敵な贈り物をくれた君を僕は疑ったなんて…僕はそんな自分がものすごく恥ずかしい」
「やめてくださいよ、もう。全くあなたという人は、お弁当一つでリアクションが大きすぎます」
「だってさ、感動したんだもん」
「なんだか、こっちまで恥ずかしくなってきちゃいます」
僕は流れでる涙を抑えられず、そんな僕に対し、女史はガチで困っている様子だった。しかし、お昼は待ってはくれない。僕は涙をぬぐって、お弁当としっかり向き合うことにした。しかし、感動がまたもや僕を詩人にしてしまう。
「ああ、流れる雲、青い空、世界はこんなにも輝いていたんだね」
「っもう、本当に恥ずかしい人ですね。はっ、早く食べてください。そのために作って来たんですから! もう」
あはは、女史ったら照れてる、照れてる。だけど、本当にいい加減にしないと展開が進まない。もったいないけれど、僕は神様とご先祖様に精一杯の感謝をし、そして、「いただきます」の声と同時にお弁当へと箸をつけた。おかずの中でも一番目立っている卵焼きを口へと運ぶ。
「どうですか…」
「…」
「あの、伊勢くん?」
んん? おかしいな、第一声は「美味しい」と迷わず叫ぼうと思っていたのに、目の前がクラクラするぞ。そうか、イキナリの卵焼きがいけなかったのだな。よし、ではこのエビチリにしよう。
「うっ、ごほ、ごほ」
うっ、これもおかしい。妙に辛いぞ…こんな辛い物って食えるのかな?
「大丈夫ですか?」
心配そうに女史が水筒を出し、麦茶を入れてくれた様子。それを勢いよく飲み干す僕。
「がっつくからむせるんです。焦らなくてもお弁当は逃げませんよ」
うふふとばかりに笑顔の女史。女史は気づいてないのかもしれないが、このお弁当、もしかしてまずい? いや、そんなことがあるはずがない。あってはならない。なんてったって、人生初の女の子からのお弁当だぞ。確証を得るため、僕は立て続けにおかずを口に運ぶ。異様な味に耐えながらも必死に噛み潰しながらもなんとか飲み込んだ。だが
「ぐっ」
飲み込んだものが流れに逆らってきた。押し戻された勢いに勝てず、僕は思わず口をふさぐ。
「なっ!?」
女史が驚きの声を上げる。どうやら予感は当たったようだ。このお弁当を体が拒否しているのだ。人間のパワーの源にはふさわしくないと五臓六腑が叫んでいる。しかし、そこは人間のモラルとして吐き出すわけにはいかない。僕はなんとか嗚咽に耐えながらも、手で押さえた効果もあり、少しこぼしながらも、なんとか口の中の物を処理することに成功した。
「じょ、女史…」
「なっ、何でしょう?」
「やってくれたね」
「はっ?」
「この味はタチの悪い冗談じゃないか! やはり、また僕を騙したな」
僕の顔は先ほどの感動とは違う涙でグシャグシャなっていた。
「馬鹿を言わないでください! ちゃんと作ったお弁当ですよ」
「だったら食べてごらんよ、このおかずを! 五臓六腑がざわつく味してんじゃんかよ」
僕の怒鳴り声に戸惑ったのか、女史はお弁当箱のおかずを一口ほおばる。だが、
「うん、少し味付けミスったかもですが、全然食べれるじゃないですか」
満面の笑みでそういった。
「いやいやいや、君どういう神経してんの? 僕もう、拒絶反応出ちゃってんですけど」
「何ですか、人のお弁当がまずいみたいに。人聞き悪いですよ」
「いや、まずいじゃんかよ」
「まずくないです! もっとちゃんと食べて下さい」
お弁当を返そうとする僕に対し、女史が手で押し返してる。いやいや、もう無理と僕は断固拒絶する。だが、女史も負けずに受け取りを拒否する。
「もう、さっきからひどくないですか? 人のお弁当を疑ったり、ましてやせっかく作ったそのお弁当を食べないだなんて」
「だってさ、これ以上それ食べたら食中毒になっちゃう」
「私はいつも食べてます」
「君の感覚がおかしいんだよ。もしかして、君の舌は馬鹿なのか?」
「正真正銘の馬鹿に言われたくないです!」
「何だとー!」
こうなったらばもう、売り言葉に買い言葉である。互いに互いをディスり合う展開が続いた。ガルルルルとお互いに威嚇し合う中、聞き慣れた声が間に割って入ってきた。
「はいはいはい、そこまで。見てらんないわ、もう」
声のする方角を僕らが勢いよく見る。その声の主はなんと
「山城!? どうしてここに?」




