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朝からの来客

 三連休明けの少し憂鬱な火曜日…朝から重苦しい雰囲気を肌で感じている。というのも山城が僕の「おはよう」の声にそっぽを向いたのだ。

 くそ、何なんだ、その態度は。祭りの日の罪悪感から勇気を出してからの挨拶だったのに…チクショウ。


「ふぅ、あだ~」


 とは思いつつも、変な気まずさがある。席に座るなりわざとらしく山城に殴られた腹部の痛みを口にしてみた。正直、腹部の痛みは昨日の祭日でだいぶ良くなっていたが、声に出すことにより、黙っているよりは幾分か気まずさが緩和されるだろう。そんな考えから山城の反応へ軽いジャブを打ってみる。

 そんな僕を不自然に思ったのか、有喜の方が先に「何かあったの?」と心配そうな反応をする。すると山城は「さぁ、罰でも当たったんじゃないの?」と明らかにご立腹の様子が窺える。参った…やはり怒りゲージはかなり蓄積されているご様子。そりゃそうだろう、祭りの日は散々な言われようだったもんなぁ。僕はあの日の女史の非礼を詫びることもできず、ただただ気まずいばかり。そりゃ、祭りの日にあそこまで屈辱の言葉を浴びせる女史も女史だ。だが、山城と女史が絡んだらこうなることは明らかなわけで、その…僕は止めようとはしたんだぞ。なのに、この扱いはひどすぎる。


(神よ、あなたは間違っているぞ)


 と心で自分を正当化しつつも、陥ってしまった状況に頭を抱える。そんな中、不意にクラスメイトの女生徒Aが僕の耳元にこっそり声をかけてきた。


「ねぇ、伊勢くん。伊勢くんにお客さんが来てるよ」


「へ?」


 ナヌ? こんな朝っぱらから僕に来客とは珍しいな。


「しかも女の子…まったくモテモテだねぇ~」


 女生徒Aの冷やかしを浴びつつも、僕はスッと席を立ち、そそくさ教室の入口へと足を進める。クラスメイト以外の女生徒といえば、思い当たる人物は一人しかいない。なんとなく嫌な予感を秘めつつ教室を出てみると、少し先に予感的中な人物が立っていた。


「や、やぁ、女史」


 どこかぎこちない挨拶をする。そもそも女史が朝から僕を訪ねてくるなんて始めてな訳で、動揺を隠せない僕。そんな僕に対し女史は…何も言わない。っていうか、目も合わせてくれない。視線はどことなくこちら側に向いているはずなのに、どこか遠くを見ている、そんな感じだ。まったく、朝から何なのだ?


「僕に何か用?」


 こちらの方がしびれを切らし、先に訊ねる。すると


「特に対した用事ではないのですが…」


 この反応ですよ。大した用事じゃないのに朝から来るかね。こっちはただでさえ、君のおかげで山城と気まずいってのに。いや、そんなことよりも朝から女生徒との密会なんてのが多数のクラスメイトに知られたらもっとえらい事態になるぞ。一人女生徒にバレたものの、これ以上の状況悪化は好ましくない。成美さんの事件も冷めやらないうちから他の女子と密会…明らかに女たらしの烙印押されちゃう。そんなビクビク感から、僕は話題をさっさと切り上げ、教室へ戻ろうとする。


「大した用じゃないなら後で聞くよ。ホームルームあるから、じゃね」


「きっ、今日は!」


「な、なんだよ」


 ビクッ! うしろから大きめの声を出すので、ちょっと驚いてしまった。


「今日は購買には行かないでください」


 意を決したように言う女史。


「どして?」


 僕は意味がわからないまま聞き返してみた。すると、女史はモゴモゴと口ごもり、また黙り込む。まいったなぁ…もう朝のホームルームが始まるぞなんて思っていると


「とにかく理由はあとでわかります。なので、4時限が終わったらすぐにいつものベンチに来てください。確かに伝えましたから」


 僕の返事も待たずに、走り去っていく女史であった。


「何なんだ、ったく」


 すると、不意に頭をポンポンとノートような何かで軽く叩かれた。


「おーい、伊勢にゃん。朝のホームルーム始まるんだけどぉ」


 おわっ、気がつかぬ内に後ろに人が。どうやら頭をポンポンと叩いたのは出席簿で、それを行った人物は我らがクラスの担任ことりんりん先生だったようだ。担任、初紹介。りんり~ん!


「それよりも伊勢にゃん。用事は済んだのかいな?」


「ちょっと、その呼び方やめてくださいってば」


「え~、だってこっちの方が可愛いじゃん。伊勢にゃんってほら、外見的に猫っぽいし」


「本人自覚ないですけどねぇ」


「それよりも! 朝から女の子と痴話喧嘩なんて伊勢にゃんはたらしやね~」


 りんりんがイタズラな笑顔で僕をからかってくる。まずいぞ、女たらし方面に向かっている。僕は必至で否定を試みた。


「違いますよ! そんなんじゃないですってば」


「にゃはは、照れるな照れるな。伊勢にゃんはいい子だもんね、わかってるよ~。だから早く教室に入るべし」


 僕の言葉を遮るように、我らが担任が教室を指さす。いつもより遅い担任の到着にクラスメイト数人が、教室の窓から顔をのぞかせていた。


「あっ、あははは。すぐ入りますね、さーせん。それと、りんりん先生…」


「ん? なぁ~に?」


「今の件なんですけど」


「はいはい、察してますって。先生はちゃんと空気が読めるから心配しなさんなって」


「その、よっ、よろしくです」


「だってさ、来週、校内陸上でしょ? クラスの心配事はどんな些細なことでも今はノーサンキューよん。ましてやマドンナのなるみんが伊勢にゃんと仲良くなってるみたいだし。その伊勢にゃんがたらし方面にむかってるんじゃあ、クラスの士気に大きく関わってくるのは自明の理。りんりん先生は頭が痛いわよ」


「だから、たらしじゃないんですってば。僕だって必死でたらしにならないよう努力してるんですよ。男としての僕の正念場なんですから」


「はいはい、わかりました。とにかく校内陸上終わるまではトラブルは起こさないでよ。ウチのクラス優勝に一万円賭けてるんだから」


「りんりん先生、賭博っすか?」


「おやおや、早くもりんりん先生の事情がバレましたか。これでお互い秘密の共有者やね」


「一教師なんですから、少しは自重してくださいよ」


「はーい!」


 はぁ、我らが担任のマイペースさには疲れる。苦笑いを残して、力なく僕は教室へと入っていく。するとそんな様子を見て僕が担任に注意されたと思ったのか…まぬけ~などと言うクラスメイト数名の罵声が飛んでくる。くそ、人の事情も知らないで…多少苛立ちはあったものの、そんな声は無視無視と自分の席に向かう。すると、席に座る直前で後ろの山城と目が合った。山城は相変わらずそっぽを向く。はぁ~、今日も朝から散々だ。


そんな山城に気まずさを感じつつも、展開早く、午前の授業は終わりを告げた。火曜の四時限目は社会科なのだが、僕は地理を専攻しているので移動教室であった。教室に戻ると、歴史を専攻している山城は既に席にいなかった。もう、昼飯を買いに購買へ向かったのだろうか?

どちらにせよ助かった。今日もお昼に教室を逃げ去る姿を目撃されたならば、本当に僕らの友情には亀裂が生じてしまう。ここは山城がいない内にさっさと行方をくらまそう。そう思った僕は教科書を机に押し込み、教室を出る。すると


「おお、イセユウ」


 購買から帰ってきたであろう有喜とタイミング悪く鉢合わせになった。


「よっ、よう、購買混んでた?」


「いつものように戦場だよ。今日は蹴られた回数記録を更新したかもしんない。四回はいったぞ」


「マジで? そいつは大変だったねぇ」


 有喜はいつものように呑気だなぁ~なんて微笑ましくなる。そうか、もしかしたらこいつは隠れた癒し人物かもしれないな。物語には大体潤滑油的なポジションが一人はいるものだ。今更ながらも、そんな癒しを彼に見たような気がした。こいつになら女史と山城の関係を相談できるかもしれない。後で相談でもしてみるかな? なんて思っていると


「それよりも、今日は一緒に昼飯食べようぜ。最近、イセユウ付き合い悪いからな」


「あっ、ああ、悪い。実は今日は先約があってさ」


「えー、今日もかよ。イセユウの浮気者」


 ちょっと怪しげな会話…もしかしてそっち系か? 気持ちの悪い言葉を口走りやがって。いやいや、こいつに限ってそんなことはないはず。そんなことがもしあったらば、僕はただひたすら困るだけだ。


「あのさ、そういうのは彼女とか幼馴染が言うものだろう。男の君に言われても全くうれしさを感じないんだけど」


「別にいいだろ、寂しいんだよ、いつも山城と二人でさ。イセユウの得意なアレ。稲川〇二のモノマネをまた見せてくれよ」


「あ~、アレか。そういえば長いことやってないね。いや、時間があったらいつでもやってあげるよ」


「だーかーら、最も学生が暇をするお昼時間にやりゃあいいじゃん」


「とにかく今日は無理なの」


「待てよ~、イセユウ~」


 必死にその場を離れたい僕。そして僕の足元に絡みつき行かせまいとする有喜。まったくどうなってんだこの展開は。一刻を争うってのに、もう。


「何してんの、アンタ達」


 ゲッ、ゲッ、ゲゲゲのゲ。ここにきて、この夏もっとも会いたくないランキング赤丸急上昇中のうしろのヤマシロウ様のご登場じゃ。一気に僕の中の気まずさ度もランクアップだ。


「おおっ、いいとこにきたな山城。イセユウを止めてくれよ、こいつ今日も逃亡を図ろうとしてるんだよ」


 くそっ、こいつ余計なことを。おそらく購買の帰りだろう、山城も片手にパンの袋を持っていた。今日も逃亡図ることがバレ、僕は思わず山城から視線を逸らす。なんとも嫌な汗が頬を伝っていくのがわかる。


「別にイセユウがどこに行こうと関係ないじゃん。それよりも有喜、そんなのにかまってるとお昼の時間なくなっちゃうよ」


 おや、以外にも興味がないご様子。しかし、その一言は少し冷たすぎやしませんか。


「そんなのとは失礼だな、おい」


 僕は今日、初めて山城に声をかけた。


「ふーんだ」


今朝のようにそっぽを向き、山城は教室へと向かっていく。すると教室に入る直前にクルッとこちらを振り向き、僕にあかんべーをして中へ消えていった。


「何、君ら喧嘩してんの?」


 有喜が僕らを交互に見ながら、問いかけてくる。ここはチャンスとばかりに僕は相談を持ち掛けてみる。


「いや、僕と喧嘩してる訳じゃなくて。僕の女友達と山城が喧嘩しちゃっててさ」


「えっ? 女友達って誰だ? 俺の知ってる人か? 聞いてないぞイセユウ、テメー説明しやがれ」


 うわぁ、ややこしい。ただでさえ、時間がない状況で嫉妬心むき出しのこいつにはもう付き合ってられん。面倒くさいこと極まりない。仕方ない、ここは成功例のあるあの作戦でいこう。


「あっ、成美さんのスカートが風に舞ってる!?」


「なにぃぃぃ!!」


 有喜は大きく後ろを振り返る。僕はその隙につかまれていた足を振りほどき、走り出す。


「ああっ、イセユウテメー!」


「わっ、悪い。後で説明するからさ、今は勘弁してくれ」


「女友達なんて、俺は許さんぞぉぉぉぉぉぉ!」


 背後からの有喜の言葉は断末魔のようにも聞こえた…ああ、このまま嫉妬心を向けられ、僕の青春はたらしの方へ向かっていくのか。そんな一抹の不安を抱えながらも、僕は中庭へと走っていった。


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